もう50年以上、東京で生活しているのに、行ったことのない町がたくさんある。入ったことのない本屋もレコード屋も、食べたことのない定食屋もたくさんある。それから、飲んだことのないスナックも! 東京はひとつの都市じゃない。イクラのつぶつぶみたいに小さな町がくっつきあった、ぐちゃぐちゃの巨大な集合体だ。
夜、知らない町に降りたって、看板の灯りに惹かれてスナック街を歩くのは、夜間飛行にちょっと似ている。眠れないままに窓の外を眺めると、真っ暗な大地にぽつんぽつんと明かりが見える。ああここにもだれかが住んでるんだな、いまなにしてるんだろう。そうして退屈なフライトが、少し楽しくなってくる。
閉ざされたドアから漏れ聞こえるカラオケの音、暗がりにしゃがんで携帯電話してるホステス、おこぼれを漁るネコ・・。東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう場所。
東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。毎週チドリ足でお送りします。よろしくお付き合いを!
毎週ひとつの区を選んで、ひとつのスナック街を飲みあるき、街の歴史もひもときながら、安心明朗会計のお店も紹介してしまおうという、ハードで欲ばりなガチンコ企画。2010年に出版した『天国は水割りの味がする~東京スナック魅酒乱』は、都内50軒のママやマスターにじっくりお話を聞いたインタビュー集でしたが、こちらのほうは「スナック街」が主役。飲みあるいてみて、商店街の重鎮や古老たちにもお話うかがってみると、街ってほんとに生きものだなと実感します。デベロッパーとか、ちょこざいなプランナーたちがつくれちゃうもんじゃないですよね。