今週、必要があってちょうど20年前に撮った『TOKYO STYLE』のポジをスキャンしてました。
いまから見るとライティングなんかものすごく下手で(というかストロボも買えず、ランプひとつしか持ってなかったし)、見ていて恥ずかしいのですが・・でも撮っててすごく楽しんでる感じが伝わってくる。自分で言うのもヘンですが。
「こんな企画ができたらおもしろいだろうなー」と思い立ち、プレゼンしたものの、どこの出版社にも相手にされず、しかたなく自分でペンタックス67と、4x5のカメラを買って、三脚を背中にしょって、原チャリで撮影して回った2年間ほどの日々。
デジカメなんてなかったので、原稿料が入るとフィルム代や現像料の支払いに充てながら、しかしプロのカメラマンになるなんて、夢にも思ってなかったあのころ。あんな気持ちでは、いまはもう撮影できない。プロになるって、微妙ですねえ・・。
アマチュアのこころを忘れないプロ、ってのがベストだと思ってはいるのですが。技術って、覚えるのよりも、捨てるのがいちばん難しいのかも。でも、知らないひとの部屋に上がらせてもらうたび、フィルムが現像から上がってくるたびに覚えた、あのワクワク感だけは、プロとなったいまでもぜったい忘れたくありません。
そういえば先週、細江英公さんと鬼海弘雄さんと対談して、大震災のがれきから発掘されたアルバムの話になりました(体育館にずらーっと並べられた、泥だらけのアルバムの報道写真を見ながら)。自分と家族の記憶、ビデオと写真アルバムとどっちを選ぶかと言われたら、みんな写真を選ぶんじゃないかと。写真の“スチル”っていう言葉には、記憶を一枚に封じ込める、みたいな意味が込められているのかもしれない。
あんまり懐かしかったので、スキャンしたうちの数枚をここに載せておきます。もう連絡先もわからなくなってしまったひとも多いけれど、この撮影で知りあって、いまだに仲良しでいてくれる友人や、twitterやFacebookで名前を見つけて10年、20年ぶりに連絡をくれたひともいます。
うまいか下手かとかじゃなくて、何十年たっても、それをネタに笑ったり、盛り上がったりできる仕事が、もしかしたらいちばん大切なのかもしれません。