いつのまにか若者向けの店ばかりが目立つようになって、下北沢と区別がつかなくなってしまった吉祥寺。駅前ビルの2階にあった一軒の店が、2009年10月31日に閉店した。店の名は『ラ・ベル・エポック』。1972年にオープンして、今年まで37年間営業を続けてきたシャンソニエ=シャンソン酒場である。
もともとフランス語で「ベル・エポック=良き時代」とは19世紀末から20世紀初頭、第一次世界大戦勃発までの時代、デザインではアール・ヌーボーの全盛期を指す。ぐちゃぐちゃな駅前通りから階段を上がって、ラ・ベル・エポックに一歩足を踏み入れると、そこは百年前のパリの下町と言われてもおかしくないような、在日フランス大使をして「パリよりパリらしい!」と絶句させた、完璧な異空間だ。そしてこの場所を設計し、経営しつづけてきたのが日本人の男で、しかも彼はパリどころか、フランスという国に、いちども行ったことがないのだという。