紀伊國屋書店が季刊で配布している広報誌スクリプタで連載中の書評、「読みびとしらず」。今号で取り上げているのは『Between C&D』という、1980年代前半にニューヨークのロウアー・イーストサイドで発売されていた、文学系自費出版雑誌。
1983年に創刊され、1990年まで続いた『Between C & D』には、当時の文学界きってのパンクスと言われたキャシー・アッカーをはじめ、パトリック・マグラア、デニス・クーパー、ゲイリー・インディアナ、リン・ティルマン、そして日本でもそのあと知られるようになったタマ・ジャノヴィッツなど、とびきりイキのいい面子が登場していました。『Between C & D』というタイトルは、「アヴェニューCとDのあいだ」という、ロウアー・イーストを直接指し示す言葉であると同時に、C=コカイン、D=ドープ(マリファナ)をも暗示しています。
「セックス、ドラッグ、デインジャー、ヴァイオレンス、コンピュータ」をキーワードとしていた『Between C & D』。なぜいまごろこんな古い雑誌を取り上げたのかと言えば、いま本棚を大整理しているからなのですが、この小規模な(というかマイクロ・スケールな)雑誌が、実は僕にとって、本づくりで目指す方向を教えてくれた、もっとも重要な出会いのひとつだったから。
詳しくは紀伊国屋でスクリプタを手に入れて読んでほしいのですが、『Between C&D』のすごかったのは、その連載人もさることながら、そのフォーマット。ふつうの印刷製本ではなくて、それは両側に穴が開いて、ページごとにミシン目が入っているコンピュータ用紙に(いまでも企業の伝票などに使われている、あの用紙だ)、ドットインパクト・プリンタでプリントされていたのです。
ドットインパクト・プリンタ特有の、ギザギザした文字がダーッと並んでいるプリントアウトが、経典のような折り本になって、それがジップロック(ビニール袋)に入って、「雑誌」として売られているのを初めて見つけたとき、僕は「そうか、こういうのもアリだったか!」と驚くとともに、すごく悔しかったのを覚えています。
本をつくるときに、だれもが目指しがちな「重くて高く」ではなく、「軽くて安く」あること。「じっくり手間ヒマかけて」ではなく、「思い立った、その瞬間にかたちにできる」こと。そのほうが文化の最前線にあっては、はるかにポジティブであり、エレガントでさえあること。それをあんなにクールなかたちで思い知らされたのは、あれが初めてでした。
いまは手に入れることが難しいでしょうが、せめて記事で、その感覚のカケラだけでも、感じ取っていただけたら幸いです。