2010年7月28日水曜日

オレサマ商店建築:東広島・伴天連

広島県東広島市西条。県道32号線から「広島カントリークラブ西条コース」の指示看板を頼りに脇道に入り、コース内を通り抜けて裏山へと登っていく。人家も途絶え、こんなところに・・と不安が募るころ、カーブした道の先に「伴天連」と大書された柱が。ああ、やっと見つかった。これが広島エリアで名高い「ゴシックホラー喫茶」伴天連(バテレン)なのだ。

伴天連のマスター・藤田喜代男さんは昭和7年生まれ。今年78歳になった。数年前に奥様を亡くされてからは、ひとりでこの超絶喫茶店を切り回して、来年で50周年を迎える。



「まあ、始めたときから、あいつは頭がおかしくなったと言われたし、いまも地元じゃ『西条のお化け屋敷』っていうほうが通るぐらいだけどね」と藤田さんは静かに笑いながらコーヒーを煎れ、手元のステレオをこちょこちょいじってたかと思うと突然、店内に響きわたる女の絶叫! 頃合いを見計らってCDをかけたり、ロープ仕掛けの生首をドスンっと天井から落っことしたりして、なにもしらないお客さんを卒倒寸前に追い込むのが、藤田さんのなによりのお楽しみなのだ。実際に、店内で失神したり、失禁した娘さんもいたとか。


奥様が店に出ていたころは、アイスコーヒーを頼むと「ウンコです」、メロンジュースを頼めば「青虫ジュースです」と言いながら出してくれる過剰なサービスもあったのだが、いまは藤田さんひとりが静かにカウンターに座って相手をしてくれる。「前はデート用に日曜だって正月だって開けてたし、夜も遅くまでやってたけど、もうからだが持たないから夕方6時ごろには閉めちゃってます」という伴天連。いまのうちに、その恐るべき過剰装飾空間世界を、ぜひナマで体験していただきたい。

東京右半分:浅草木馬館に生きる旅役者の世界 その2

ロックバンドにおける武道館のような、大衆演劇界の聖地・浅草木馬館。今月公演中である『劇団花車』の舞台と舞台裏を通して、いまに生きる旅役者の世界を覗く探訪記。後半は一座を陰からずっと支えてきた座長の奥様・夢路京母さんに、思いがけぬ半生と苦労の日々のお話をうかがった。



あたし、実はこの世界をぜんぜん知らなかったんです。母が好きだったんですよ。うちの母と、座長のお父さんの劇団にいらした『女弁慶』さんという、女の人なのに荒事がものすごく上手な女優さんがいらして、その人が天涯孤独で親戚もいらっしゃらないので、うちの母って、そういう人の面倒みさしてもらうのが大好きな人やったもんで、病気になったらうちへおいでよっていう感じだったんです。


で、一時期、うちに立ち退きとか地上げとかそういう事情があって、私が夏休み中、その女弁慶の婆ちゃんのところへ、「行っときよ」って預けられていたんです。いまでは考えられないですけれど、そのころあたしは他人と会うのが怖くて、とくに男の人と会うのなんてとっても怖くて。お母さんとふたりだったから。だから女弁慶の婆ちゃんの狭い楽屋にだけ、いたんです。そしたら座長の弟の春之助が、まだ5歳くらいやったんですけど、小さいから、どこのねえちゃんかなって、楽屋にのぞきに来て。私も子供は大好きだから、一緒に遊ぶようになって。ずっと部屋にいてもなんだから、外に出ておいでって言われて、春と一緒に喫茶店に行ったりするようになったんです。一緒にご飯食べたり。そのときに、春のお兄さん(京之助)が来て……。


そのころ座長は、お父さん(初代・姫川龍之助座長)の劇団に入ったばっかしですね。この世界に入って1年くらい。あちらが16歳、あたしは13歳でした。で、もう花形さんやったんで、ああ、優しい人やなあと思って。で、いたら、なんだかそういうふうに……好きだなって思ったんですかね。


あたしと座長は同じ若松(北九州市)の出身なんです。だからもう、全然、なんやろな、会えんでもずっと待ってましたね。一緒になる気持ちで。そう言ってもらってたんで。絶対にこの人を日本一にするためには、なにをするべきかってことばっかり考えてました。生活に対する不安は、全然なかったです。


女としての苦労はねえ……。うちの劇団の場合、というかあたしの場合ですけれど、座長たちを大切にしたいから、女がけっこう働きますね。乗り込みの荷物も女がしてます。いまは人夫さんがいますけど、それでも荷物はしますよ。それがちょっとキツくなってきて。どんなに効率よくやっても、夜の部を終えて、移動して、次のところに行って、荷物して、朝の7時にはなります。そしてその昼には、舞台開けなくちゃならない。それを毎月……いまは移動日というのができて、少しは人間らしい扱いをしてもらえるようになりましたけれど、私らは寝られんねえ……という生活をしていました。


いまは、あたしの病気のこともあって若座長が気をつかって、孫の面倒見るだけでいいような生活になりましたけれど。でもいちばん辛かったのは、座長たちには、いろんなお付き合いがある。「どこに行くの」「なにしにいくの」、これは聞いたら、いけん。タブーです。わかっているけれど、一言も口を出せない。そんなことも辛かったですねえ……。



僕らの知らないところで、いまも生きつづける、ロマンチックでドロドロで、壮絶で美しい、旅という名の人生を送るひとびと。そのライフスタイルの真実を読んでいただきたい。そして浅草木馬館にいますぐ走っていただきたい!

2010年7月21日水曜日

東京右半分:浅草木馬館に生きる旅役者の世界1

火曜日、午前11時前の浅草・木馬館前。雨の中を、たくさんのひとが開場を待って並んでいる。性別も年代もバラバラのひとたちが、黙って傘を差して。

差し入れだろうか、自分の食事だろうか、両手に重そうなビニール袋をさげているひとも多い。平日の昼間に3時間半にもなる大衆演劇の舞台を観るために、このひとたちはどこから来たんだろう。歌舞伎座や国立劇場に並ぶひととは、あきらかに毛色のちがう、雨の中を黙って並ぶこのひとたち。



大衆演劇の劇場は、基本的に月替わりで劇団の公演を組んでいる。ということは劇団からすれば、毎月別の場所で公演しなくてはならないということだ。毎月の1日から最終日か、その前日まで公演を昼・夜2回やって、そのあと舞台を片づけ、荷物をすべてトラックに積み込んで、翌月の公演地に向かう。そうして荷物を楽屋に入れて、すぐ新しい土地での舞台が始まる。夜の公演が終わって、そのあと稽古をすませたら、楽屋か舞台、ときには客席にまで布団を敷いて寝る。家族ぐるみで働いている劇団がほとんどだから、子どもたちだって毎月、新しい学校に転校だ。そういう昔ながらの旅芸人の生活が、この業界ではいまもかわらず営まれている。

この7月の木馬座にかかっているのは『劇団花車』。北九州で26年前に旗揚げした人気劇団である。座長は姫京之助と、長男の姫錦之助のふたり制。京之助座長は昭和33年に初代姫川竜之助の長男に生まれ、16歳で初舞台を踏み、初代藤ひろし劇団や藤山寛美在籍時の「松竹新喜劇」などで腕を磨いたのちに、劇団花車を旗揚げした。劇団名は故・藤山寛美の命名によるものだ。



劇団花車は29歳の錦之助から猿之助、勘九郎、14歳の右近までの美形4人兄弟でも人気を博しているが、今回はお願いして木馬館の迷路のような楽屋にお邪魔、京之助座長と、一座を陰で支えてきた奥様の夢路京母さんに、大衆演劇という特殊な世界で生きることの喜びと哀しみをお聞きすることができた。今週は姫京之助座長のお話を。


アサヒカメラ今夜も来夢来人で:足立区西新井

このところ急激に盛り上りつつある東京東部のハブタウン、北千住。しかしそこからひと駅先に行った西新井は、あいかわらず静かなベッドタウンのまま、時が止まったようである。


駅裏の小さな飲食街を抜けた先、パチンコ景品交換所の2階に店を構え、今年が35周年という老舗のスナック来夢来人。「小柳ルミ子さんの曲より前ですからねー、うちが来夢来人ブームの最初かも」と微笑むのが、吉沢至都子(しずこ)ママ。きょうがちょうど誕生日ということで、地元のサッカー・チームの面々が試合帰りに駆けつけて、バースデイパーティの最中だ。




上田義彦さんの写真展 YUME(MYANMAR)

日本でいちばん端正な広告写真を撮る上田義彦さんが、ミャンマーで撮影した写真集『YUME』を発売、今月16日から展覧会も開催しています。



上田さんの作品で、もっともよく知られているのはサントリーの烏龍茶シリーズでしょうか。売れっ子広告写真家が、ギャラをたくさんもらえる(でも自分の名前は出ない)仕事の合間に「自分の作品」を撮ったり、ぜいたくな作品集を作ったりするのはよくありますが、上田さんの広告写真と、僕がずーっと以前に編集に関わらせてもらった『QUINAULT』に始まるプライベートな作品のあいだには、まったく落差がありません。

こういうふうに広告と作品制作の、まったく異なる世界をシームレスに行き来できる作家は、いまほかにどれくらいいるでしょうか。僕にはほとんど思いつきません。上田義彦はそれくらい希有な、そして幸福な写真家なのです。

恵比寿の書店NADiffの中の、小さなギャラリーですが、そこに流れる空気をすくいとるような、独自の審美眼をぜひご覧ください。

公式サイト http://www.gptokyo.jp/gp/

東陽片岡先生のスナック・ワールド 『レッツゴーおスナック』

敬愛する漫画家である東陽片岡先生は、「畳の目を描かせたら日本一!」という独自の漫画世界のほかに、「熟女デリヘル」など特殊な風俗リポートでもおなじみですが、実は鍛え上げられたスナック愛好家でもあります。

先生の新作は、カラダを張って分厚いドアを開けまくった、ディープ・スナック探検記。スナック好きには、読んでるだけでウズいてくる珠玉の作品集です。

スナックのカウンターで飲んでるだけじゃなくて、東陽先生はムード歌謡のオーソリティでもあり、それも聴くだけじゃなくて、絶品の歌声!でママさんたちを夜ごとにジュン!とさせているのであります。本書には先生によるムード歌謡解説、名盤紹介といった、他の音楽雑誌ではけっして読めない「スナックで役に立つ」実践的な音楽ガイドが漫画のあいだに挟まれているので、これも必読! 先生によるコンピCD,作ってほしいです!!!

お祭り演歌歌手関連の情報

こちらにコメントお寄せください! お待ちしています。

2010年7月14日水曜日

15日木曜19時、ドミューンで大竹伸朗特番!

ツイッターではお知らせしていましたが、明日(15日木曜)のドミューンでスペシャル・プログラムが決定しました。

緊急特番!
大竹伸朗 8ミリメートルの夜
秘蔵短編映像集『NOTES 1985 - 1987』刊行記念
聞き手:都築響一

今月発売されるDVDブックについて(先週のブログに紹介しましたが、アップするときのミスで、すぐアーカイブに入ってしまったので、もういちどこのあとに載せておきます)、本人が映像とともに語り尽くす、貴重な番組です。19時から21時まで。ぜひお見逃しなく!

よかったら、スタジオに遊びに来てください。画伯の熱烈トークをナマで体験できる、貴重なチャンス! まだ予約受付中です。



今週のマスト・バイ 大竹伸朗『NOTES』

いちばん尊敬する現代美術作家・大竹伸朗くんの、奇跡的な新刊が発売されます。

今回は単なる画集ではなく、DVD+画集のボックス・セット。それも1985年からおよそ3年間、ほとんど知られることもないままに彼が撮りためてきた、8ミリフィルムの映像を完全DVD化、それに詳細な制作ノートをセットした、ファン垂涎の豪華版ボックスです。

アーチスト・大竹伸朗。80年代より日本の現代美術の最先端を疾走し続け、その活動分野は文学・音楽・写真・デザインなど多岐にわたる。
その大竹が初めてのDVD+BOOKの組み合わせで発表する作品は、題名の通り、1985年から3年間にわたる創造と記憶の全貌を、当時膨大に撮影されたサイレントの8ミリ・フィルムと詳細な作品制作ノートで再構成するという画期的なものである。
そこには彼自身の中に流れた時間感覚が立体的に納められている。大竹自身の言葉によれば、それは「進行形のループ状無意識を目撃しているような奇妙なもの」であり、DVDはノートに貼り込められた「”時間の膜”のようなもの」であるという。
2006年に東京都現代美術館全館を使用して開催された大回顧展『全景』の印象も記憶に新しい大竹伸朗の創造と記憶の秘密、そして新たなる試みがここに結晶した。
  (公式サイトより)




書店での発売は7月30日から、しかし発売元のJVDでは公式サイトからメールオーダーの注文を受けていて、すでに今月5日から出荷を開始しているそう。とりあえず、公式サイトをチェックしてみてください。


LB中州通信・終刊!

知る人ぞ知るローカル・マガジンの雄、『LB中州通信』が、いま出ている号で終刊になってしまうと聞きました。僕も昔から愛読者だったので、すごく残念です。

これが終刊号、しかし手嶋さんがカバー・ストーリーとは!
ちなみにこの号のあと、『30年大感謝号』というのを制作、しかし一般販売しなかったそう。欲しいですねえ。

中州通信はタイトルのとおり、博多の飲み屋街・中州でバーや高級クラブを営む藤堂和子ママが、ポケットマネーで出しつづけた希有な雑誌でした。前身となる小冊子『リンドバーグ』創刊から、今年で30周年になるということで、そんなに長く続いたんですね!

中州通信は、東京の大手出版社より数段シャープな特集がときどきあって、書店で見かけたら即買いでしたが、同業者として悔しい思いもずいぶん味わいました。こういう本が、一地方から、それも飲み屋のママのポケットマネーで持続したということが、考えてみれば奇跡的です。

中州通信ではいろいろ渋い人物を特集に取り上げていましたが、そのどれもがヨイショでも批判でもなく、絶妙のリスペクトをこめたスタンスで、それは思えばママさんの接客理念そのものだったのかもしれません。

藤堂ママは、この5月に『中州通信 親子三代ママ稼業』と題した自伝も出版しました。それによると、

アル・カポネ全盛の禁酒法時代、アメリカ・シアトルでバーを経営した「ワンダフルばあちゃん」こと祖母のマツ、シアトルで生まれ博多で育ち同じ道を歩んだ母アヤ、バー『リンドバーグ』を皮切りに多くの事業を成し遂げた和子、中洲人生40年!苦難の道を細腕ひとつで生き抜いてきた著者が三代にわたる波乱万丈の人生を、快活に綴った珠玉のエッセイ集。

ということで・・・すごい親子三代ですねえ。中州通信のウェブサイトで買い逃したバックナンバーを、それにこの自伝もあわせて買っておきましょう。で、今度の休みは中州に飲みに! 和子ママのお店は、ちゃんと営業中です。

なお、中州通信では復活に向けて、まずはブログを始めたそうなので、こちらもブックマークしておくべし。



リブロ渋谷店で選書展・開催中

渋谷駅そばのリブロ渋谷店で、11日から今月いっぱい、『著名人の本棚・都築響一さんの本棚』というフェアを開催中です。


本棚、といっても自分の本棚を再現するのではなくて、自分が選んだ特選の書籍を揃えて、展示販売してもらおうというもの。70冊近くの本や雑誌を選びましたが、中には絶版などで販売できないものもあります。そのために無料の選書リストも用意してくれたそうなので、渋谷駅に降りたら、ぜひお立ち寄りください!

http://www.libro.jp/news/#entry_id_1214

本の雑誌で沢野ひとしさんとのスナック対談掲載

発売されたばかりの『本の雑誌』8月号(特大号・絵日記白紙号・・・って、どういう意味なんでしょうか?)で、沢野ひとしさんと『珍日本スナック対談』というのをしています。

スナック大嫌い! という沢野さんと、どんな話を6ページもしているのか、ご一読ください。「響一さんはヤクザっぽいところがあるじゃない?」とか、沢野さんらしいメチャクチャな突っ込みに、絶句したりしてます(笑)。

東京右半分:浅草トライブと昭和文壇が出会う夜

浅草の中心部から言問通りを挟んだ浅草3丁目、かつて猿之助横町(えんのすけよこちょう)と呼ばれたあたりに、<かいば屋>という伝説的な居酒屋があったのをご存じだろうか。僕は恥ずかしながら不勉強でなにも知らなかったが、かいば屋はかつて浅草を愛する多くの文人、落語家などが夜ごと集まり、いかにも下町らしい気楽さと文化の香りが混じり合う、浅草でも希有な店だったという。

文芸の世界に親しんだ熊谷さんの店には、野坂さんをはじめ、田中小実昌、殿山泰司、色川武大、都筑道夫、北野武、黒田征太郎など、多彩な面々が通うようになった。しかし酒でからだを壊した熊谷さんは、1988年にわずか53歳で他界。そのあとは妻の栄子さんが店を受け継ぎ、ひとりで切り盛りしてきた。

かいば屋が店を閉じたのは今年(2010年)6月10日のこと。栄子さんも75歳になって体力の限界を感じ、常連たちに惜しまれつつも、店を畳むことにしたのだった。幸吉さんが店を開いてから、35年の月日が経っていた。

そのかいば屋の壁を飾っていた、多彩な常連たちの色紙や作品が、いま浅草のトライバルヴィレッジに展示されている。この連載でも以前に紹介したが(http://www.chikumashobo.co.jp/blog/new_chikuma_tuzuki/entry/305/)、<鉄割アルバトロスケット>という演劇集団で活動する小林成男さんが運営する、新しい浅草の夜をつくるニューウェイブ・バー&カフェの一角を担う店である。



『かいば屋展』と題されたこの展覧会は、今月から8月末まで。在りし日のかいば屋の壁面を彩った作品の数々が、いままで浅草にはなかったトライバルのような新しいタイプの店によみがえる、言ってみれば浅草の新旧コラボレーション・プロジェクトだ。

ボロボロになって風格充分の暖簾、黒田征太郎のイラストレーション、ビートたけしのポチ袋、須田刻太の掛け軸、そして野坂昭如の書・・・この機会を逃すと、たぶん二度と見られない貴重な文化遺産を、それが生まれた浅草の地で、一杯飲みながら鑑賞できるという至福。たった2ヶ月間だけの、小さいながら贅沢な展覧会である。



http://www.chikumashobo.co.jp/blog/new_chikuma_tuzuki/

『イノセンス いのちに向き合うアート』栃木県立美術館

今週土曜日から宇都宮の栃木県立美術館で、アウトサイダー・アート好きには見逃せない展覧会が始まります。

『イノセンス いのちに向き合うアート』と名づけられた展覧会は、日本のアウトサイダー・アーティストを中心に据えながら、現代美術界を代表する作家たちをその中に含めるというか、滑り込ませてしまおうという、意欲的な展覧会です。



 正規の美術教育を受けたわけでもないのに、ただ自分の内なる衝動に従って、まったく独創的な造形芸術を生み出す人たちがいます。かれらは、知的障がいや、心の病を患い、孤独な、社会不適応を抱えた人たちであったりしますが、その創り出す世界は独特の魅力を放ち、見る者に深い衝撃を与えます。こうしたハンディキャップを抱えた人たちや、独学で絵を描き始めた人のアートの中には、わたしたちの心をとらえて離さない純粋な魅力を湛えているものがあるのです。
 本展では、障がいのある方や独学の画家の作品を紹介するとともに、障がいを抱える人のアートに興味を持って積極的に関わるアーティストや、いのちに向き合う表現を志向して制作する現代のアーティストたちの作品も区別することなくともに展示し、芸術の本質や役割を問い直してみる機会にしたいと思います。これらの作品を鑑賞するなかで、生きることの意味を再考するとともに、社会の中に根ざしたアートの役割を、いきいきと実感することができるでしょう。
 38作家、約200点で展観いたします。




松本国三 《無題》 2002年 小出由紀子事務所蔵

各地の障害者施設で黙々と制作を続ける名もなき作家たちと、奈良美智や丸木スマ、田島征三といった有名作家がどう混じり合うのか、興味深いところです。

栃木には、宇都宮からはちょっと離れてますが、『もうひとつの美術館』という、小学校の廃校を利用した、障害者の芸術活動を専門にサポートする小さな美術館があります。

「もうひとつの美術館」は、栃木県那珂川町の里山に建つ明治大正の面影を残した旧小口小学校の校舎を再利用して2001年に開設された小さな美術館です。ハンディキャップを持つ人の芸術活動をサポートしていくことから、[みんながアーティスト、すべてはアート]をコンセプトに、年齢・国籍・障害の有無・専門家であるなしを超えて協働していくことで、まち・地域・場所や領域をつなぎつくっていく活動を行っています。
(公式サイトより http://www.mobmuseum.org/

時間があれば、2ヶ所の展覧会をめぐる初夏のドライブもよろしいのでは。9月には美術館主催のバスツアーもあるようです。

2010年7月8日木曜日

青山ブックセンター:トークショー残席あり



7月16日、青山の青山ブックセンター本店にてトークショーを行います。金曜日ですが、夜7時からなので、よかったら見に来てください。広島の展覧会などについて、画像もまじえてお話しする予定です。まだ予約できる席、残ってます。お早めに!


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『HEAVEN』(青幻舎)刊行記念トークショー
「HEAVEN 都築響一と巡る社会の窓から見たニッポン」

■2010年7月16日(金)19:00〜20:00(開場18:30〜)
■会場:青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山
■定員:120名様
■入場料:税込700円
■ご参加方法:[1] ABCオンラインストアにてWEBチケット販売いたします。
http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_201007/heavenheaven_716.html
[2] 本店店頭にてチケット引換券を販売。(入場チケットは、イベント当日受付にてお渡しします。当日の入場は、先着順・自由席となります。)
※電話予約は行っておりません。

■お問い合わせ電話: 青山ブックセンター本店・03-5485-5511
■受付時間: 10:00〜22:00
(※受付時間は、お問い合わせ店舗の営業時間内となります。御注意下さい。)

トークショー終了後にサイン会を行います。

和様ギャングスタとしての極道ジャージ 第二回

「メディアはメッセージだ」とマクルーハンは言ったが、身につける衣服もまた、自己を表現するメディアであり、メッセージとなりうる。

上から下までユニクロで固めたひとが、ユニクロのデザインのようにノーマルで「値段のわりに品質よく」て人畜無害であるように。そう無言のうちにアピールしているように。アメリカのヒップホップ・キッズがXXXLのジャージ上下にベースボールキャップで、みずからの所属するカルチャーを表明しているように。そして我が国の正統なるギャングスタたちが、極道ジャージでその立ち位置を、大股開きで誇示しているように。

日本が生んだ最強のギャングスタ・ファッション、極ジャーの現在を探る旅。後編は長きにわたってカラフルなお客さまたちに極ジャーを提供してきた、老舗ショップを訪れる。浅草・奥山おまいりみち商店街に店を構える<メンズショップいしやま>にて、オーナーの石山ご夫妻にお話をうかがった。

浅草バーガイド・マップ完成!

以前『東京右半分』で、浅草にいま増えつつある新世代の深夜型バーを何軒か紹介しましたが、そのうちでもよくお世話になっているオレンジルームが中心になって、新世代のバーを一堂に集めたバー・マップを作成してくれました。仕事の合間に店を回って相談して、地図をつくって、ほんとに大変だったと思います。
しかもこのマップ、タダ! マップに載っているバーや、近隣のビジネスホテルなどに置いて、自由に使ってもらおうという太っ腹スタイル。なのでここでも紹介させてもらいます。ダウンロードして、週末は深夜浅草バー・クルーズしてください! ほんと、行ったことない人は、浅草のイメージが180度かわること、保証します。

浅草トライバルヴィレッジにて、「かいば屋」展開催中!

新しい浅草のリーダー役でもあるトライバルヴィレッジで、今週から珍しい展示が始まっています。

この6月に閉店した、「かいば屋」という伝説的な居酒屋がありました。



1975年 かいば屋創業
店名を名づけたのは作家野坂昭如氏。野坂氏の秘書をやっていたという競馬好きの亡き先代熊谷幸吉氏。競争馬は高いが、餌の飼葉くらいはという気持ちでつけたということ。先代が亡くなってからは、女将がかいば屋を守り続けました。
常連には作家の野坂昭如氏はもちろん、黒田征太郎、吉村平吉、田中小実昌、殿山泰司、北野武、をはじめ浅草の文化人も多くファンを持つ。(公式サイトより)



この、かいば屋の壁を飾っていた、数々の常連さんたちによる色紙や作品が、これから8月までのあいだだけ、トライバルヴィレッジで展示されます。この機会を逃すと、おそらく二度と見られない貴重な品々ばかり。しかも! そのかいば屋さんの女将・熊谷さんが、これから毎週月曜日、トライバルのお店に出るそう! 週にいちどのかいば屋ナイトというわけですね。

日本の文壇・画壇のいちばんよかった時代の逸話をうかがいながら、名物の「ノニハイ」をすすってみるのはいかが。詳しいストーリーは今週金曜日にアップする『東京右半分』で書かせてもらいますが、まずはお店のサイトをチェック。あれほど伝説的なお店の女将なのに、熊谷さんはすばらしく優しい女性です。






2010年7月1日木曜日

追悼・ラメルジー

僕らがワールドカップに熱狂していた29日、ニューヨークの片隅でラメルジーがひっそり息を引き取りました(現地時間28日)。死因はまだわかっていませんが、臨終にはお母さんがつきそったそう。お母さんっ子だったラメルには、せめてもの慰めだったかもしれません。

ご存じの方がどれくらいいらっしゃるでしょうか。ラメルジー(Rammellzee)はニューヨークで活動してきたグラフィティ・アーティストであり、ラップ・ミュージシャンであり、パフォーマンス・アーティストでありました。イタリア人と黒人の混血でありながら、1980年代、創生期のニューヨーク・ヒップホップ・シーンに決定的な影響を与えた、最重要人物のひとりです。近年は何度か来日していたので(いずれも体調不良で短いパフォーマンスでしたが)、生前のステージを体験できたひともいるでしょう。

1980年代の末、もういまから20年も前のことですが、僕は京都に住んでいて、地元の出版社と『アート・ランダム』という現代美術の作品集シリーズを立ち上げようとしていました。これは1980年代に花ひらいた、それまでのコンセプチュアル、インテレクチュアルな「ハイカルチャーとしての現代美術」とは、まったく異なる場所から生まれてきた、新しいアートの波を記録しようとする、初めての出版プロジェクトでした。大判のサイズで、しかし48ページと絵本のように薄手のハードカバー、難しい解説は一切無し、デザインは基本的にアーティスト本人が担当、そしてレコードやCDと同じ値段にしたくて一冊1980円。けっきょく全部で102冊の作品集が、数年かかって完結しました。

アート・ランダムについて語り出すと、長くなりすぎるので控えますが、そのいちばん初期の刊行分の一冊として選んだのが、ラメルジーでした。いまのようにデジタル出版の技術なんて存在していなかったころ(そういえばテキストを打ったのが、いちばん初期のMac Plusでした!・・50万円近くしたのに、フロッピードライブしかなかった・・涙)、35mmの汚れたスライドを京都とニューヨークでやりとりしながら、そして彼の標榜する「ゴシック・フューチャリズム」のテキストに、翻訳を強引にお願いした青山南さんを悩ませながら、なんとか作品集にまとめ上げたのが、いまとなってはほんとに懐かしい思い出です。1990年のことでした。




それからヒップホップ・カルチャーが世界に広まっていって、ラメルジーの同世代アーティストたちはどんどんスーパースターへの道を駆け上がっていくわけですが、ラメルひとりだけはアンダーグラウンドにとどまりつづけ、「知る人ぞ知る」存在でありつづけました。本人がそれを望んでいたわけではないでしょうし、そういう長い不遇の時期が、彼の日常生活を荒らした一因でもあるのでしょう。なにかをほんとうに始めたひとというのは、えてしてそういう運命を甘受するしかないのかもしれませんが。

ラメルジーは数枚のレコードとCDを残しましたが、僕が作らせてもらったアートランダムの第36巻は、いまだに世界中で、彼の唯一の書籍です(2002年にはマガジンハウスの雑誌Relaxが特集を組んでいます)。音楽にとどまらず、あれだけグラフィックの面できわだったクリエイティビティを発揮してきたのに。アートランダムは、発行元の京都書院が倒産してしまいましたが、いまも古書で入手可能です。古本屋を、こまめに回ってみてください(ヤフオクで1万円とかつけてるひとがいますが、こういうのは買わないでほしいです)。

ラメルジーの訃報を伝えてくれたのは、晩年の彼をサポートしてきたデスコメット・クルーの関係者でした。メールには動画のリンクが貼りつけてあって、それは1983年にハリウッドのリズムラウンジというクラブで、ラメルジーがジャン・ミッシェル・バスキアとコラボレーションしたライブのYoutube映像でした。




このふたりは『Ramellzee VS K-Rob 』という、ヒップホップ史上に残る伝説のコラボレーション・ユニットを結成、12インチシングルを1枚だけ残しています。このシングルは史上もっとも高価なヒップホップ・レコードとして知られていましたが(うちにもあったのに、だれかに貸したまま帰ってこず・・・涙)、ちょっと前に再発されています。いまからもう27年も前のユニットですが、いま聴いてもぜんぜん古びてないどころか、これがヒップホップの原点と言いたい、ソリッドでヘヴィな一曲です。あれから30年近くたって、いまのヒップホップはミックス技術は格段に進歩しましたが、こういうどす黒い音塊のような曲って、なかなか聴けません。

ラメルジーはオフィシャル・サイトもありますので、彼の難解きわまるゴシック・フューチャリズム思想を解明したい方も、クレイジーな造形感覚に触れてみたい方も、チェックしてみてください。




最後まで正当な評価を与えられなかった不遇の天才・ラメルジーの冥福を祈ります。

<緊急告知>
突然ですが、明日7月1日、ドミューンでラメルジー追悼番組をオンエア! 19〜21時です。僕も最初の15分ぐらい、しゃべらせてもらえます。世界でいちばん早いラメルジー追悼番組。お時間あったらぜひどうぞ。




東京右半分:和様ギャングスタとしての極道ジャージ

思いっきりオーバーサイズのトレーニングスーツ(ジャージ上下)。斜めにかぶった野球帽。足元は登山もしないのにティンバーランドのブーツ。それに肩凝りしそうなゴツいゴールドのアクセサリー……。言わずと知れたギャングスタ・スタイルの正装だ。

こんなところにも、と驚くような小さな町の電柱や壁にも、いまや地元のヒップホップ・グループのライブ告知が貼ってある。日本全国、そしてパリからバンコクからヨハネスブルクにブエノスアイレスまで、いまやヒップホップ・カルチャーと、その「制服」としてのギャングスタ・ファッションは全世界的な「スタイル」として、すっかり定着した感がある。

しかし! ブロンクスやイーストLAでギャングスタ・ファッションが生まれたのと同じころ、日本の片隅で「和様ギャングスタ」とも呼ぶべき、まったくオリジナルな漢(オトコ)のファッション・デザインが生まれたのを、君は知っているか。



ギャングスタと同じような、ジャケットもパンツも裾を絞らないルーズなシルエット。黒一色、白一色など、基本的にシンプルな色づかい。なのに、背中や胸にはものすごく場違いな、大判のブルドッグとかのイラスト! そう、「ヤクザ・ジャージ」とか「極道ジャージ」と呼びならわされる、トレーニングスーツなのに「トレーニング」という語感からもっとも遠くに位置する、異形のスポーツ・ファッションだ。



『GALFY』、『LOUIS VERSUS』などと欧米っぽいブランド・ネームを持ちながら、実はすべて純日本メーカー。それも東京ですらなく岐阜が中心という、ローカル・ヒーローによる、ローカル・ヒーローのためのデザインーーそこに「極ジャー」の真価がある。

今週、来週と2回にわたって、「極ジャー」について探りを入れてみた。まずは着こなし編から!


展覧会特別対談:チャンプロードに掲載されました!

7月19日まで広島で開催中の『HEAVEN』展。ご覧いただけた方はおわかりでしょうが、ハイライトのひとつとして特別製作した「お祭り仕様」の暴走族バイク『魅寿帝』号を目に留めてくれた月刊チャンプロードが、対談記事を作ってくれました。もう、美術手帖とか芸術新潮とか、どんな美術雑誌に出るより(出ないけど)、うれしいです!


いまや日本に残る唯一の暴走族カルチャー雑誌ともいえる月刊チャンプロード。その中で4ページにわたって、暴走バイクの美学について語り尽くしています。対談のお相手は今回の製作を引き受けてくれた古橋さん(元MEDUSA)、渡辺さん(元・千葉茂原ブラックエンペラー赫夜姫)という最強総長チームに、チャンプロード創刊以来の暴走族ジャーナリスト、岩橋さん。さすがに当時のストリートに生きたサムライたちだけあって、美術評論家なんかではぜったい出てこない、濃ゆい話が満載です。ぜひ、お手にとってみてください。チャンプロードはムショ内からの投稿も多い読者ページとか、ヤンホス奮戦記とか、暴走族系居酒屋訪問記とか、通販広告も含めて、全ページ最高におもしろいですから!

トークショーのお知らせ:青山ブックセンター

7月16日、青山の青山ブックセンター本店にてトークショーを行います。金曜日ですが、夜7時からなので、よかったら見に来てください。広島の展覧会などについて、画像もまじえてお話しする予定です。予約開始が7月1日からなので、お早めに!

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『HEAVEN』(青幻舎)刊行記念トークショー
「HEAVEN 都築響一と巡る社会の窓から見たニッポン」

■2010年7月16日(金)19:00〜20:00(開場18:30〜)
■会場:青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山
■定員:120名様
■入場料:税込800円(もしかしたら500円になるかも)
■ご参加方法:[1] ABCオンラインストアにてWEBチケット販売いたします。
http://www.aoyamabc.co.jp/10/
[2] 本店店頭にてチケット引換券を販売。(入場チケットは、イベント当日受付にてお渡しします。当日の入場は、先着順・自由席となります。)
※電話予約は行っておりません。

■お問い合わせ電話: 青山ブックセンター本店・03-5485-5511
■受付時間: 10:00〜22:00
(※受付時間は、お問い合わせ店舗の営業時間内となります。御注意下さい。)

トークショー終了後にサイン会を行います。

イベント内容
『HEAVEN 都築響一と巡る社会の窓から見たニッポン』展は、都築響一氏がこれまでに展開してきた活動を包括的に紹介する初の本格的な個展であります。トークショーではその展示風景を一部紹介しながら、都築響一と巡るヘブンの世界をお楽しみください。

TEE PARTYの特製Tシャツ、全71種類、出そろいました!

オンデマンドTシャツ・ストア、Tee Partyの開設を記念して制作してきた『HEAVEN』特製Tシャツ。じょじょにラインナップを増やしてきましたが、ついに全71種類アップ完成! 全部見るのは大変ですが(笑)、これだけ種類があれば、だれかとかぶったりしないはず。チェックよろしくお願いします。