2010年7月1日木曜日

追悼・ラメルジー

僕らがワールドカップに熱狂していた29日、ニューヨークの片隅でラメルジーがひっそり息を引き取りました(現地時間28日)。死因はまだわかっていませんが、臨終にはお母さんがつきそったそう。お母さんっ子だったラメルには、せめてもの慰めだったかもしれません。

ご存じの方がどれくらいいらっしゃるでしょうか。ラメルジー(Rammellzee)はニューヨークで活動してきたグラフィティ・アーティストであり、ラップ・ミュージシャンであり、パフォーマンス・アーティストでありました。イタリア人と黒人の混血でありながら、1980年代、創生期のニューヨーク・ヒップホップ・シーンに決定的な影響を与えた、最重要人物のひとりです。近年は何度か来日していたので(いずれも体調不良で短いパフォーマンスでしたが)、生前のステージを体験できたひともいるでしょう。

1980年代の末、もういまから20年も前のことですが、僕は京都に住んでいて、地元の出版社と『アート・ランダム』という現代美術の作品集シリーズを立ち上げようとしていました。これは1980年代に花ひらいた、それまでのコンセプチュアル、インテレクチュアルな「ハイカルチャーとしての現代美術」とは、まったく異なる場所から生まれてきた、新しいアートの波を記録しようとする、初めての出版プロジェクトでした。大判のサイズで、しかし48ページと絵本のように薄手のハードカバー、難しい解説は一切無し、デザインは基本的にアーティスト本人が担当、そしてレコードやCDと同じ値段にしたくて一冊1980円。けっきょく全部で102冊の作品集が、数年かかって完結しました。

アート・ランダムについて語り出すと、長くなりすぎるので控えますが、そのいちばん初期の刊行分の一冊として選んだのが、ラメルジーでした。いまのようにデジタル出版の技術なんて存在していなかったころ(そういえばテキストを打ったのが、いちばん初期のMac Plusでした!・・50万円近くしたのに、フロッピードライブしかなかった・・涙)、35mmの汚れたスライドを京都とニューヨークでやりとりしながら、そして彼の標榜する「ゴシック・フューチャリズム」のテキストに、翻訳を強引にお願いした青山南さんを悩ませながら、なんとか作品集にまとめ上げたのが、いまとなってはほんとに懐かしい思い出です。1990年のことでした。




それからヒップホップ・カルチャーが世界に広まっていって、ラメルジーの同世代アーティストたちはどんどんスーパースターへの道を駆け上がっていくわけですが、ラメルひとりだけはアンダーグラウンドにとどまりつづけ、「知る人ぞ知る」存在でありつづけました。本人がそれを望んでいたわけではないでしょうし、そういう長い不遇の時期が、彼の日常生活を荒らした一因でもあるのでしょう。なにかをほんとうに始めたひとというのは、えてしてそういう運命を甘受するしかないのかもしれませんが。

ラメルジーは数枚のレコードとCDを残しましたが、僕が作らせてもらったアートランダムの第36巻は、いまだに世界中で、彼の唯一の書籍です(2002年にはマガジンハウスの雑誌Relaxが特集を組んでいます)。音楽にとどまらず、あれだけグラフィックの面できわだったクリエイティビティを発揮してきたのに。アートランダムは、発行元の京都書院が倒産してしまいましたが、いまも古書で入手可能です。古本屋を、こまめに回ってみてください(ヤフオクで1万円とかつけてるひとがいますが、こういうのは買わないでほしいです)。

ラメルジーの訃報を伝えてくれたのは、晩年の彼をサポートしてきたデスコメット・クルーの関係者でした。メールには動画のリンクが貼りつけてあって、それは1983年にハリウッドのリズムラウンジというクラブで、ラメルジーがジャン・ミッシェル・バスキアとコラボレーションしたライブのYoutube映像でした。




このふたりは『Ramellzee VS K-Rob 』という、ヒップホップ史上に残る伝説のコラボレーション・ユニットを結成、12インチシングルを1枚だけ残しています。このシングルは史上もっとも高価なヒップホップ・レコードとして知られていましたが(うちにもあったのに、だれかに貸したまま帰ってこず・・・涙)、ちょっと前に再発されています。いまからもう27年も前のユニットですが、いま聴いてもぜんぜん古びてないどころか、これがヒップホップの原点と言いたい、ソリッドでヘヴィな一曲です。あれから30年近くたって、いまのヒップホップはミックス技術は格段に進歩しましたが、こういうどす黒い音塊のような曲って、なかなか聴けません。

ラメルジーはオフィシャル・サイトもありますので、彼の難解きわまるゴシック・フューチャリズム思想を解明したい方も、クレイジーな造形感覚に触れてみたい方も、チェックしてみてください。




最後まで正当な評価を与えられなかった不遇の天才・ラメルジーの冥福を祈ります。

<緊急告知>
突然ですが、明日7月1日、ドミューンでラメルジー追悼番組をオンエア! 19〜21時です。僕も最初の15分ぐらい、しゃべらせてもらえます。世界でいちばん早いラメルジー追悼番組。お時間あったらぜひどうぞ。