2010年7月14日水曜日

東京右半分:浅草トライブと昭和文壇が出会う夜

浅草の中心部から言問通りを挟んだ浅草3丁目、かつて猿之助横町(えんのすけよこちょう)と呼ばれたあたりに、<かいば屋>という伝説的な居酒屋があったのをご存じだろうか。僕は恥ずかしながら不勉強でなにも知らなかったが、かいば屋はかつて浅草を愛する多くの文人、落語家などが夜ごと集まり、いかにも下町らしい気楽さと文化の香りが混じり合う、浅草でも希有な店だったという。

文芸の世界に親しんだ熊谷さんの店には、野坂さんをはじめ、田中小実昌、殿山泰司、色川武大、都筑道夫、北野武、黒田征太郎など、多彩な面々が通うようになった。しかし酒でからだを壊した熊谷さんは、1988年にわずか53歳で他界。そのあとは妻の栄子さんが店を受け継ぎ、ひとりで切り盛りしてきた。

かいば屋が店を閉じたのは今年(2010年)6月10日のこと。栄子さんも75歳になって体力の限界を感じ、常連たちに惜しまれつつも、店を畳むことにしたのだった。幸吉さんが店を開いてから、35年の月日が経っていた。

そのかいば屋の壁を飾っていた、多彩な常連たちの色紙や作品が、いま浅草のトライバルヴィレッジに展示されている。この連載でも以前に紹介したが(http://www.chikumashobo.co.jp/blog/new_chikuma_tuzuki/entry/305/)、<鉄割アルバトロスケット>という演劇集団で活動する小林成男さんが運営する、新しい浅草の夜をつくるニューウェイブ・バー&カフェの一角を担う店である。



『かいば屋展』と題されたこの展覧会は、今月から8月末まで。在りし日のかいば屋の壁面を彩った作品の数々が、いままで浅草にはなかったトライバルのような新しいタイプの店によみがえる、言ってみれば浅草の新旧コラボレーション・プロジェクトだ。

ボロボロになって風格充分の暖簾、黒田征太郎のイラストレーション、ビートたけしのポチ袋、須田刻太の掛け軸、そして野坂昭如の書・・・この機会を逃すと、たぶん二度と見られない貴重な文化遺産を、それが生まれた浅草の地で、一杯飲みながら鑑賞できるという至福。たった2ヶ月間だけの、小さいながら贅沢な展覧会である。



http://www.chikumashobo.co.jp/blog/new_chikuma_tuzuki/