2010年2月16日火曜日

演歌よ今夜も有難う:「行動する演歌歌手」京一夫・後編


亀戸天神の宮司さんに請われて、天神様のイメージ・ソング『亀戸天神様』を自作自演でCDにしたことがきっかけで、障害者福祉センターで歌の会を開くことになり、そこで「飢饉で苦しむソマリアの子どもたちに、コップ1杯のコメを贈る運動」を始めることになった京一夫さん。演歌歌手&シンガーソングライターだった彼の半生は、40歳を越えて大きな転換点を迎えることになったのだった。

歌謡教室が開かれるごとにコメが、ときには一日で100キロほども集まるようになった。歌手仲間で有志を募り、銀座・数寄屋橋公園や都内各地の広場、コミュニティ会館などで『ソマリア難民支援コンサート』を何度も開き、ついに1トンものコメを集めることに成功したのだった。


当時、東京にはすでに外務省、農水省、運輸省の支援によって立ち上げられた援助団体「ソマリアにコメを送る会」があった。京さんたちは、当然ながらその会に集まったコメを託して、いっしょに送ってもらおうとする。寄付したひとたちからは、「ほんとうに困ってる子どもたちに届くの?」といった疑問が出て、それに京さんは軽い気持ちで「大丈夫、信用してください、わたしが届けます」と答えてしまう。その、何気ないひと言が、各方面には「ソマリアにコメを送る会の代表として、京一夫がコメを届けにソマリアに飛ぶ」という発言に誤解されるようになって、政府のお墨付き団体である「コメを送る会」から「うちはそちらと関係ないですから」と抗議を受けるという、予想外の展開になった。

売れない演歌歌手の売名行為、みたいに誤解されて京さんは困惑するが、最終的には腹をくくり、独力でソマリアに飛ぶことを決意する。


 93年 ソマリア
 94年 エチオピア 
 95年 スーダン
 96年 ジンバブエ
 97年 北朝鮮
 98年 モンゴル
 99年 ユーゴ
 2002年 アフガニスタン

そしていま、病身をおしてふたたびハイチへ飛ぼうと密かに計画中の京一夫さん。彼は動きつづけている。ほかのだれよりも。そして苦しむひとたちに最終的に届いていくのは、理念でも資金でもなく、活動しつづけるこころ、愛しつづけるエネルギーだと、このひとはわかっているにちがいない。