2009年9月23日水曜日

筑摩書房のウェブマガジン新連載!:東京右半分


なるべく都心から近いこと。なるべく家賃や物価が安いこと。エネルギッシュな町が生まれる要素は、このふたつしかない。マ スコミに教えられたのでもなく、ディベロッパーの戦略に踊らされるのでもなく、いま東京の若者たちがみずから見つけつつある新たなプレイグラウンド、それ が「東京の右半分」だ!

・・・というわけで、筑摩書房のウェブマガジンで、今月から東京の右半分を訪ね歩く連載を始めました。初回のアップが9月18日。月2回の更新で、これから2年間にわたって、体力が許すかぎり、右半分をうろつきます。なぜ右半分かといえば——

古き良き下町情緒なんかに興味はない。老舗の居酒屋も、鉢植えの並ぶ路地も、どうでもいい。気になるのは50年前じゃなく、いま生まれつつあるものだ。 都心に隣接しながら、東京の右半分は家賃も物価も、ひと昔の野暮ったいイメージのまま、左半分に比べて、ずいぶん安く抑えられている。
獣が居心地のいい巣を求めるように、カネのない、でもおもしろいことをやりたい人間は、本能的にそういう場所を見つけ出す。ニューヨークのソーホーも、ロンドンのイーストエンドも、パリのバスティーユも、そうやって生まれた。 現在進行形の東京は、六本木ヒルズにも表参道にも銀座にもありはしない。この都市のクリエイティブなパワー・バランスが、いま確実に東、つまり右半分に移動しつつあることを、君はもう知っているか。

そして、記念すべき第1回目は『下町に響け、ハワイアン 前編』ということで、浅草で50年間以上も国産ウクレレを作り続けてきた<キワヤ商会>と、伝統のワザと新しいデザインを上手にミックスさせて、楽しい手ぬぐい柄アロハを制作販売している<染の安坊>の2軒を取り上げています。



下町というと、とかく「谷根千」みたいな江戸情緒っぽいムードを求める記事やテレビ番組がほとんどなのですが、それはそれで心地よいとしても、そんなんとちがう、必要に迫られて生まれる、あたらしい生活のリアリティを、いろんな角度から探っていけたらと思ってます。始まりはマイルドだけど、これからどんどんディープになっていくので、乞うご期待! みなさまからの貴重な情報も大歓迎なので、筑摩のサイトまでお知らせくださいね。



http://www.chikumashobo.co.jp/blog/new_chikuma_tuzuki/

ワンダーJAPAN:珍・済州島紀行 第2回

韓国人にとってはいまだにメジャーな観光地であり、リゾート・アイランドであるのに、日本人にとっては「あー、韓流ドラマのロケ地でしょ」ぐらいの認識しかない済州島。行ってみれば珍スポット満載、韓国屈指のロードサイド・トレジャー・アイランドをめぐる連載の2回目は、『仙女と木こり公園』と『トケビ公園』という、名前からしてアーティスティックな(笑)、2ヶ所の珍スポットを紹介します。


「羽衣伝説」の韓国版とも言うべき「仙女と木こり物語」をテーマパーク化した『仙女と木こり公園』は、伝説のジオラマもあるけれど、見所は「むかし懐かし生活コーナー」。日本でも最近よく見られる「昭和懐かし館」みたいなのの、韓国版であります。ごちゃごちゃした街並みや、商店の店先、夕餉の食卓を囲む小さな住宅、そして学校の教室まで、けっこう迫真の再現で、韓国人は全員ノスタルジアにウルウルしながら記念写真を激写。日本人にとっても、なんとなく懐かしさがこみ上げてくる、ほのぼの観光スポットであります。



いっぽう『トケビ公園』のほうは、韓国の美術大学教授率いるアート・スチューデントたちが腕をふるった「世界のおばけテーマパーク」。ちなみにトケビとは、韓国の民話に登場する鬼のことで、広々とした園内には、やたらとカラフルでポップなおばけたちが、解説によれば総勢1800体もいる!。むしろビザールな彫刻公園みたいで、こちらも観光ガイドにはまず載らない、隠れ珍名所でありました。




紀伊國屋書店『SCRIPTA』書評連載:『Between C&D』


紀伊國屋書店が季刊で配布している広報誌スクリプタで連載中の書評、「読みびとしらず」。今号で取り上げているのは『Between C&D』という、1980年代前半にニューヨークのロウアー・イーストサイドで発売されていた、文学系自費出版雑誌。

1983年に創刊され、1990年まで続いた『Between C & D』には、当時の文学界きってのパンクスと言われたキャシー・アッカーをはじめ、パトリック・マグラア、デニス・クーパー、ゲイリー・インディアナ、リン・ティルマン、そして日本でもそのあと知られるようになったタマ・ジャノヴィッツなど、とびきりイキのいい面子が登場していました。『Between C & D』というタイトルは、「アヴェニューCとDのあいだ」という、ロウアー・イーストを直接指し示す言葉であると同時に、C=コカイン、D=ドープ(マリファナ)をも暗示しています。

「セックス、ドラッグ、デインジャー、ヴァイオレンス、コンピュータ」をキーワードとしていた『Between C & D』。なぜいまごろこんな古い雑誌を取り上げたのかと言えば、いま本棚を大整理しているからなのですが、この小規模な(というかマイクロ・スケールな)雑誌が、実は僕にとって、本づくりで目指す方向を教えてくれた、もっとも重要な出会いのひとつだったから。


詳しくは紀伊国屋でスクリプタを手に入れて読んでほしいのですが、『Between C&D』のすごかったのは、その連載人もさることながら、そのフォーマット。ふつうの印刷製本ではなくて、それは両側に穴が開いて、ページごとにミシン目が入っているコンピュータ用紙に(いまでも企業の伝票などに使われている、あの用紙だ)、ドットインパクト・プリンタでプリントされていたのです。


 ドットインパクト・プリンタ特有の、ギザギザした文字がダーッと並んでいるプリントアウトが、経典のような折り本になって、それがジップロック(ビニール袋)に入って、「雑誌」として売られているのを初めて見つけたとき、僕は「そうか、こういうのもアリだったか!」と驚くとともに、すごく悔しかったのを覚えています。

本をつくるときに、だれもが目指しがちな「重くて高く」ではなく、「軽くて安く」あること。「じっくり手間ヒマかけて」ではなく、「思い立った、その瞬間にかたちにできる」こと。そのほうが文化の最前線にあっては、はるかにポジティブであり、エレガントでさえあること。それをあんなにクールなかたちで思い知らされたのは、あれが初めてでした。

いまは手に入れることが難しいでしょうが、せめて記事で、その感覚のカケラだけでも、感じ取っていただけたら幸いです。

アサヒカメラ連載『今夜も来夢来人で』:広島


国道沿いに大型書店やディスカウント・ストアやファストフード店が並ぶ、広島の典型的な郊外タウン。国道から一本入った旧道沿いの、1階が安売り眼鏡屋になっているビルの2階に目指すスナック、<ナイトイン来夢来人>があった。
 広島生まれ、広島育ち、「広島から出ようと思ったことなんて、いちどもない!」という細谷尚子ママが来夢来人を開いて、来年3月で13年になる。


地元の高校を卒業して、19歳で早々と結婚。若妻になって子供も生まれたけれど、ワケあって離婚。自分の店を持つことになった。「お酒も大好きで、酔っぱ らうとハイテンションになって踊り出したりしちゃうんで、お客さんじゃなくて自分が出入り禁止になっちゃいそう」と笑うだけあって、ほんとにこの商売が体 質的にぴったりなんだろう。「毎晩飲むでしょ、だから昼はウォーキングを30〜40分やって、お酒を抜く。あとはレバーをたくさん食べれば大丈夫!」だそ うです。



月刊『アートコレクター』のインタビュー

ちょっと前に発表した『現代美術場外乱闘』のインタビューが、月刊『アートコレクター』という雑誌に掲載されています。

あまりなじみがないかもしれませんが、「見る楽しみ・買う楽しみ」というサブタイトルがついたこの雑誌、なんだか難しいだけの現代美術雑誌より、ある意味ぜんぜんおもしろいです! 僕のインタビューは1ページだけの短いものなので、まあてきとうに読み飛ばしてくれればいいんですが、注目はいつも最後の10ページぐらいにわたって掲載されている、国内外のオークション・ガイド。これからのオークションの目玉作品と予想落札価格、そして最近のオークション落札結果が、きっちり掲載されてるんですね。

藤田嗣治『猫』900万円(毎日「絵画・版画・彫刻 夏のメインセール」7/25)
ルノワール『林檎のある静物』1200万円(シンワ「近代美術」7/18)
パブロ・ピカソ『剣を持った男』約11億円(サザビーズ・ロンドン「印象派・近代6/24)

なんて、有名どころの値段に溜息をつくのも楽しいし、草間弥生から奈良美智まで、おなじみの現代作家が「こんなに高いんだ!」とびっくりするの、また一興。しかしほんとうに興味深いのは、少なくとも現代美術館や美術メディアではまったく聞かれないのに、実はものすごく高い、現代の日本作家を知れること。

たとえば8月号に載っていた、「『21世紀展』でわかるトレンド作家たち」という記事によれば、現代洋画のトップ5は、

1位 森本草介
2位 絹谷幸二
3位 島村信之
4位 中山忠彦
5位 中村清治

だそうです。このうち、何人知ってます? 僕は不勉強にして、2位しか知りませんでした。で、1位の森本さんは、10号の作品で2900万円! しかもこのプライスは、業者間の取引価格なので、実際に画廊で一般人が買うときには、もっと高くなるらしい。

号という単位は、だいたい葉書1枚分で、10号は53x45センチぐらい。ちなみに日本画の1位は平山郁夫で、これは20号で3380万円。号あたりに換算すると、なんと森本さんのほうが平山先生より高い!わけですが、いったいどれくらいの現代美術業界人が、森本草介という名前を知っているでしょう。ちょうど打ち合わせで広島現代美術館に行ったので、そこにいた学芸員たちに聞いてみたのですが、だれも知りませんでした! 森本草介がどんな絵を描くのか、それは各自でネットなどチェックしてみてください。これまた、ちょっと驚きますよ(たぶん)。

メディアに載る「現代」と、実際にカネと作品が動くリアルな「現代」には、これほどのギャップがある。それを知ったのは、ちょっとショックでもあり、教えられるところ大でした。



長野は日本のガラパゴスか? 『信濃の国』と『完全無言清掃』

こないだ長野県高遠に、レクチャーに招かれたときのこと。かねてから気になっていた「長野の特殊性」について、参加者に尋ねることができました。
長野県出身の友達に、前から聞いてはいたのですが、半信半疑だったことがふたつ:

1)長野県民は子供のころから「県歌」である『信濃の国』という歌を全員が歌える。
2)長野県民は、小学校でも中学校でも、授業の終わったあとの清掃時間に、口を聞いてはいけない「無言清掃」という習慣がある。

 信濃の国は 十州に 境連ぬる 国にして
 聳ゆる山は いや高く 流るる川は いや遠し
 松本 伊那 佐久 善光寺 四つの平は 肥沃の地
 海こそなけれ 物さわに 万ず足らわぬ 事ぞなき『信濃の国』は

と、信濃がいかにいいとこであるかを6番まで、6分間あまりにわたって自慢しまくる『信濃の国』。友達がいちどカラオケで絶唱するのにびっくりしたら、「長野じゃ全員歌えるんですよ! 東京だって、「東京の歌」歌えるでしょ!」と言われ、ふたたび絶句。そんなわけないじゃん、だいたい東京の歌なんて、あることすら知らないと言ったら、あちらがびっくり。しかしウィキペディアによれば、

『信濃の国』はかつて、長野県内の多くの小学校・中学校・高校で、さまざまな行事の際に歌われてきたため、俗に「長野県内で育った者なら、全員が『信濃の 国』を歌える」「会議や宴会の締めでは、必ず『信濃の国』が合唱される」「『信濃の国』を歌えない者はよそ者」とやや誇張気味に語られるほど、長野県民に 深く浸透していた。日本の都道府県歌は、 住民にとってあまりなじみがない場合が多く、存在すら認識されていない例もあるため、『信濃の国』は、「日本で最も有名な県歌」とも言える歌である。現在 でも、県外(多くは国)から県幹部職員を着任させる時、県会に同意了解を求めるが、他県出身の人事を快しとしない県議員からは、『信濃の国』を知っている かどうかを詰問する風景が見られることもある。

ということだそうで、レクチャーの参加者に聞いてみると、半分は東京組、半分が長野組だったのですが、長野組は全員迷わず「そのとおり」に挙手。東京組がひとりも手を挙げないのを見て、おたがい絶句しあってました。『信濃の国』は、どんな通信カラオケにも入ってるし、いまやYoutubeでもチェックできるし、

http://www.youtube.com/watch?v=torIjweSqrU

パラパラバージョンも、英語版も(!)あるそうなので、ヒマな人はチェックしてみてください。

そして無言清掃! これまた長野組と東京組が絶句しあった奇習(失礼!)で、とにかく清掃中はぜったいに口を聞かない。たとえばひとりが机の片側を持てば、もう片側を持つ人を、ホウキを持てば、もうひとりチリトリを持つ人を呼びたくなるわけですが、そこで声を出してはいけない! そうじゃなくて、おたがい動きをチェックしあっていて、必要なときは声に出さずとも「察しろ!」という、他県から見ればありえないシステム・・・ですが、いまだに長野県下の学校では、一般的だそうです。そうやって「完全無言清掃」を目指して、全校一丸となって真剣に清掃に取り組んだ結果、「光る廊下になりました」なんて報告がネットでもたくさん見られるので、信じられない人はチェックしてみること。

http://www.mcnet.ed.jp/hongo-c/seitokai/seisou/seisou.html

ほかにも「無言給食」、「麦茶には砂糖を入れる」、「学校ではクラス替えがない」など、長野県人だけが「それ、ふつうでしょ」と思ってる風習がたくさんありそう。さすが教育県ですねー。運転マナーは日本最悪らしいけど。
みなさんも身近な長野出身者を探して、飲みに誘ってみましょう。

2009年9月17日木曜日

演歌よ今夜も有難う、第9回アップしました!


あの人は車をとめた
私は笑ってみせた
あの人はくちびる求め
私は黙ってうけた
いいのねこのまま別れても
自分の心に聞いてみた
あの人はため息ついた
私は黙って泣いた
幸せばかりが飛んでゆく
二人のドラマは終わったの
あの人はあしたへ向かう
私はきのうへもどる

  『想い出』あずさ愛(作詞 岩城健治)


渡されたシングルCDは、久しぶりに見る縦長サイズのパッケージに、ノートパソコンには入らない8センチ・サイズの盤だった。めんどくさいなー、と思いながらプレイヤーにCDをセットして、「あの人は〜〜」と最初のフレーズが流れたとたん、思わず座りなおす。桂銀淑(ケイ・ウンスク)ばりのハスキー・ヴォイスと、全盛期の弘田三枝子を思わせるグルーヴ。素直な、というか引っかかりのない、カラオケで歌いやすい曲ばかりを聴かされる最近の演歌界にあって、久しぶりにザラリとした声のエネルギーに出会った気がした。こういう歌手が、こういう曲が、どうして話題にもならず、埋もれているのだろう。


あずさ愛さんは、秋田県秋田市生まれ。いまも秋田と東京を行き来しながら、地道な活動を続ける歌手である。会社員の家に生まれ、「父がよく歌ってた青江美奈の『池袋の夜』と、みんなが集まれば歌う秋田音頭みたいな民謡、そういうのを聴きながら」育ちましたというあずささんは、しかし子供のころは人前で歌うなんて、とても考えられないという、人見知りの激しい少女だった・・・。

http://blog.heibonsha.co.jp/enka/2009/09/post-8.html

今週のスナック:三軒茶屋オスカー



国道246と世田谷通りに挟まれた三軒茶屋の三角州地帯。昔ながらの名画座や居酒屋、スナックが狭い路地にひしめく、ひじょうに居心地のよろしいエリアである。
奥まった、なかみち街の路地に面して、青と赤紫の、いかにも夜の世界っぽい看板を出しているのが<BARオスカー>。バーと名がつくだけあって、すっと伸びるカウンターに、白いクロスを掛けたスツール。渋いバーテンダー。でもカラオケもあって、お客さんは夜ごと絶唱。本格的なカクテルもいただければ、焼酎のボトルキープもできるという、バーとスナックのいいところを併せたような、使い勝手のいいお店だ。


世田谷で生まれ育った白石マスターが、進駐軍のバーで修行したのち、オスカーを開いたのが1960(昭和35)年のこと。それからもう、来年で50周年! 三軒茶屋でいまも営業しているバーでは、もちろんいちばんの古株だ。
ホテルのバーのクオリティと、場末のスナックの開放感。まるで反対のキャラクターが、この小さな店には、奇跡的にうまくブレンドされているようだ。まるで、マスターが作ってくれるカクテルみたいに。


http://www.kosaidoakatsuki.jp/shuppan/yondoko/002/post-41.php

上海スタイル:第3回が発売されました!


上海市中心部から、地下鉄で15分ほど。外国人観光客ゼロの、四角いアパートが並ぶ住宅街に新居を構えている、おたがい26歳、2年前に結婚したばかりの若夫婦。いまだにハネムーンの雰囲気がむっちり立ちこめる、ラブリーな住空間だ。

新婚のふたりが選んだのは、1956(昭和31)年に建てられたというアパート。木製の階段や手すりなど、ヨーロピアンな租界とはひと味ちがう、古き良きチャイニーズ・テイストがあって、古いながらも素朴で落ちついた雰囲気。


奥様の趣味を尊重して、シンプルなスタイルを基調にしたインテリアは、「家具はぜんぶIKEAでしょ、内装と家具で5万元(約70万円)、あとテレビとか家電にも5万元使いました」。おかげで建てられて半世紀以上の歴史が染みついた外側とは好対照の、ピカピカなハネムーン・スイートに仕上がっている。
幸せって、こういうかたちをしてるのかもね。



アサヒカメラ連載:今夜も来夢来人で:広島


国道沿いに大型書店やディスカウント・ストアやファストフード店が並ぶ、広島の典型的な郊外タウン。国道から一本入った旧道沿いの、1階が安売り眼鏡屋になっているビルの2階に目指すスナック、<ナイトイン来夢来人>があった。

広島生まれ、広島育ち、「広島から出ようと思ったことなんて、いちどもない!」という細谷尚子ママが来夢来人を開いて、来年3月で13年になる。


地元の高校を卒業して、19歳で早々と結婚。若妻になって子供も生まれたけれど、ワケあって離婚。自分の店を持つことになった。「お酒も大好きで、酔っぱ らうとハイテンションになって踊り出したりしちゃうんで、お客さんじゃなくて自分が出入り禁止になっちゃいそう」と笑うだけあって、ほんとにこの商売が体 質的にぴったりなんだろう。「毎晩飲むでしょ、だから昼はウォーキングを30〜40分やって、お酒を抜く。あとはレバーをたくさん食べれば大丈夫!」だそ うです。



2009年9月9日水曜日

今週のスナック:高円寺うま


ちょっと前は貧乏若者用の定食屋と風俗店ばかりが並んでたのに、気がついてみたらお洒落古着屋やカフェが増殖中。最近、雰囲気がかわりつつある高円寺北口の、商店街のビルの地下にスナック<うま>がある。


 壽盛尚子(すもりなおこ)ママは、中央競馬会に30年以上勤める超ベテラン。そのかたわらで喫茶店を開き、それからスナック経営に転じたという、超のつく働き者。なんたって、この店は休日なし! いつ来ても開いてて、しかも開店は午後4時! しかも酒だけじゃなくて、ご飯もちゃんと作ってくれる! なんかもう、店というより実家の台所みたいな気分です。


 高円寺の若者くささに辟易してるオトナのみなさんには、イチオシの隠れ名店でありました。


http://www.kosaidoakatsuki.jp/shuppan/yondoko/

緊急告知! 先端芸術論@アップリンク:お土産がつきました!!!


先日のブログでもお知らせしましたが、来週の火・水曜日に渋谷アップリンクで開催される『先端芸術論 ~トークショー、都築響一 × SODクリエイト代表取締役・葛西大祐』。日本最大のAVメーカーであるソフト・オン・デマンドの、いままでの作品の中から、「これはアートでしかないでしょう!」という珠玉の異色作を選び、上映しながら、社長さんと公開対談するという、楽しい催しです。

当然ながら18禁なのですが、まだ数席余裕があるそう。「恥ずかしいかも・・」とか迷ってるひと、すぐに申し込んでください。このイベントのためにSODが作ってくれている特選映像集は、ほかでぜったいに見られません!

そしてイベント入場者全員にもれなく、SODさまからTENGAエッグをおひとつプレゼントすることになりました! この機会に、日本が誇る最先端技術の結晶、テンガの実力を体験してみてください。
エッグの詳細はコチラ→http://www.tenga.co.jp/products/egg.html


公式ウェブサイト(http://www.uplink.co.jp/factory/log/003187.php)より:

クリエイティブな観点から見れば、世界のトップを独走しつづける日本のAV業界。
なかでも業界最大手のSOD(ソフト・オン・デマンド)は、その名を一躍高めた『全裸』シリーズで「抜けないAV」という革命的なコンセプトを提出。エ ロ・マニアのみならず、現代美術愛好家をも震撼させた。 このイベントではSODの全裸シリーズを初め、都築響一監修のもと、SODクリエイトが全面協力。

アップリンク・イベントの為に総編集した「なんとも不思議なお馬鹿なAV」作品を上映。 併せて都築響一とSODクリエイト株式会社 代表取締役 葛西大祐 の異色コラボトークが実現!

2日目は、「なんとも不思議な~」の上映と併せて、多くの『全裸シリーズ』を生み出したSODクリエイトの土屋幸嗣監督をゲストに制作秘話や撮影の裏側トークを展開。都築氏自らが厳選した秘蔵AV「おバカグランプリNO.1」に選ばれた、土屋監督の「SODcreate 人類史上初!!超ヤリまくり!イキまくり!500人SEX!!」のメイキング+本編の上映となります。乞うご期待!

『全裸美術館:世界で最も見たくなる美しき全裸』

鬼×2:百鬼丸・レオ澤鬼2人展


最近、現代美術の展覧会はほとんど行かなくなっちゃいましたが、やけに気になるのが「挿絵画家」たちの仕事。

実話誌や夕刊の、イラストというよりも挿絵と呼ぶほうがぴったりくる、無名の画家たち。ラーメン屋のテーブルや通勤電車で読み捨てられて、だれの記憶にも残らない、そういう作品が、美術メディアでまともに取り上げられることは、昔もいまも、おそらくこれからもありえません。

そういう画家たちが、仲良し同士で集って、たまに展覧会をやることがあります。よく使われるのが、銀座通りの<ロイヤルサロンギンザ>。銀座によくある貸画廊ですが、挿絵界では大御所のアーティストたちが、よくここを借りて展覧会をしています。

今週火曜日から始まって、日曜日には終わってしまうのが、『鬼×2:百鬼丸・レオ澤鬼2人展』と題された展覧会。70年代から活躍する、点描系の官能挿絵では第一人者のレオ澤鬼先生、プロ切り絵作家生活30年の百鬼丸先生、おふたりの知られざる画業が、ナマで見られる貴重な機会です。

難解なだけが取り柄だったり、漫画とかわらないのにキャンバスに油絵の具で描いただけで”アート”とか言ってる現代美術より、はるかにおもしろいですよ! 貸画廊展覧会の宿命として、会期がすごく短いので(だって1日10万円とかするんですから)、急いで観に行ってください。

平成21年9月8日(火)~9月13日(日)
12:00~18:30(最終日は17:00まで)
会場 ギャラリーロイヤルサロンギンザ
中央区銀座8-9-16 長崎センタービル2F
03-3573-4057

公式ウェブサイト:
百鬼丸 http://www.hyakkimaru.com/
レオ澤鬼 http://leo-sawaki.com/


奇跡の出版プロジェクト:山中学『羯諦』

日本ではほとんど名前を知られていないのですが、たぶん、いま活動する日本人フォトグラファーのうちで、もっともハードコアな写真を撮り続ける作家に、山中学がいます。

1959年尼崎生まれ、23歳で上京して広告写真家を目指しますが、ほどなくみずからの作品世界にのめりこんでいきます。

阿羅漢

1989年、東京で撮影した乞食のポートレート『阿羅漢』で、作家デビュー。以来、動物の死骸が朽ち果てていくさまを記録した『不浄観』、全裸の老婆ばかりを集めた『羯諦』、東南アジアの貧しい子供を撮った『童子』、畸形の男女をはだかにした『浄土』、そして胎児の静物写真『無空 茫々然』まで、25年間にわたる作品群は、どのようなトレンドとも、安直なポリティカル・コレクトネスとも、まったく相容れないために、これまで日本ではほとんど紹介されませんでした。

不浄観

9月10日、POT出版から発売される『羯諦』(ギャーテイ)は、山中学の6シリーズ、108点の作品を掲載した、初のレトロスペクティヴというべき作品集。6000円という定価に躊躇するひともいるかもしれませんが、これは出版されたというだけで驚異的なプロジェクトです。撮った山中さんもすごいけど、出したほうもすごい! 

無空 茫々然

作家本人と、出版社、そして彼の作品をフォローしつづけてきた書店『タコシェ』。3者の情熱の結合から生まれおちた、本のかたちをした奇跡を、ぜひ手にとってご覧ください。

山中学 公式ウェブサイト http://www.ask.ne.jp/~yamanaka/index-j.html
タコシェによる紹介ページ http://tacoche.com/?p=1240




今週のマスト・バイ:『楽しいお酒』猫目三周年記念文集


いつもお世話になっている新宿五丁目のバー・猫目。ご存じの方も多いと思いますが、文芸出版関係には絶大な人気を誇る、若き美人ママ・瀬尾佳菜子さんのお店です。

このほど猫目が開店3周年を迎え、記念に文集を作りました。編集の大役を引き受けたのですが、とにかく執筆陣が豪華絢爛! インド哲学者の松山俊太郎さんをはじめとして(松山さんの手書き原稿が、そのままスキャン掲載されてます!)、康芳夫、篠原勝之、いしいしんじ、渚ようこ、鈴木理策、秋山道男、湯浅学、大竹伸朗、南伸坊、青山真治、林静一などなど、総勢40名もの、そうそうたる常連さんたちが文章や絵、写真作品を寄稿してくれてます。これだけの人たちの原稿を、締め切りまでに集めることを考えただけで、気が遠くなりますが・・・どんな敏腕編集者もかなわない、ママの人脈。すごいですねー、ほんとに!


デザインは、こないだ僕の『秘宝館』をデザインしてくれた芥陽子さん。裏表紙には手描き(涙)のバーコードまで入ってたりして、かわいらしいです。


サイズはB5版、全88ページ、しかも定価ゼロ円、つまりタダ! もったいなさすぎますが、この文集はいつも来てくれるお客様への贈答用、市販されておりません。でも猫目に来てもらって、すごくたくさん飲んだりして、ママの機嫌が良かったりすると、わけていただけるかも。レア・ブック・マニアのみなさま、セサミンか酒豪伝説など服用の上、チャレンジしてみてください!

(バー猫目は新宿5丁目、伊勢丹パークシティ裏、医大通りに面したビルの地下です)

2009年9月3日木曜日

今週のスナック:久我山アトリエ・アンド・ワン

井の頭線の久我山駅から、人見街道に沿って歩くこと数分。ビル1階の、ビール・ケースやロッカーが並ぶエントランスの奥で、ひっそり営業中のスナック<アトリエ・アンド・ワン>。
スナックには珍しくガラス張りのドアで、明るい店内が覗けるスタイル。むしろ居心地良さそうな喫茶店か、カウンター洋食屋の雰囲気です。


昭和59(1984)年開業。今年で25年目になる店を切り盛りするマスターとママは、還暦をすぎた仲良し夫婦。いまや「体重103キロですから、カウンターの中ですれ違えないですよ、ワハハ」と笑う豪快な押し出しのマスターですが、若いころはプロのショー・ダンサー! 当時の写真を見せてもらうと、ものすごくかっこいいです。


最初にお邪魔したとき、となりのお客さんがおいしそうな馬刺しを皿に山盛りにして食べていて、「よかったらどうぞ」と、すぐにこっちに取り分けてくれた。お洒落なバーには、こういうお客さん同士のコミュニケーションはありえないでしょ。つまんないですよねえ。

http://www.kosaidoakatsuki.jp/shuppan/yondoko/002/post-39.php




演歌よ今夜も有難う、第8回アップしました!

「ものがたり演歌」という、孤高のジャンルでひとりパフォーマンスをつづけて30年近くという、春風うららさん。


生まれも育ちも大阪ミナミ。大阪寿司屋の娘に生まれて、なに不自由ない少女時代を送ったが、なにより歌が好きで、親に隠れてレッスンに通ううち、地元のグランドキャバレーで歌うように。当然ながら猛反対だった実家を飛び出し、大阪のプロダクションに所属。スーツケースに衣裳と譜面を詰めて、営業やキャンペーンに走り回る生活が始まった。
昭和55(1980)年には『おてんば旅からす』でレコード・デビュー。ちょうどそのころ、松竹の舞台でやっていた、チャンバラ・コントの代役を務めたのがきっかけで、松竹芸能に属することになり、花月などの劇場で仕事するには「歌だけでなく、なにかプラスアルファを」と考えて、浪曲を参考に「ものがたり演歌」なるスタイルを編み出した。
歌謡浪曲というのはそれまでもあったけれど、浪曲の部分を歌に替えて、台詞と歌をあわせた独自のパフォーマンスを、試行錯誤しながら作っていった。1曲の長さが15分から18分あまり。最初は『無法松の一生』や『岸壁の母』など、よく知られた題材をもとにしていたが、しだいにオリジナルの楽曲を増やしていく。
もういまさら、カラオケでふつうに歌えるような曲には興味ありません、と言い切る春風うららさん。その真価は、舞台でこそ発揮される。失礼ながら、こんなお歳で、カラオケにも入らないような
長い曲ばかりを歌いつづけて、迷いもブレもない、ワイルドサイドを歩む人生。めちゃくちゃ、かっこいいです!


http://blog.heibonsha.co.jp/enka/2009/08/post-7.html

上海スタイル:第2回が発売されました!

モノマガジンで連載が始まった『上海スタイル』、第2回は家賃2万7000円、しかしものすごくお洒落な、フランス租界のアパートメントです。


まだ31歳ながら、注目の新進ファッション・デザイナーとして知られる邱昊(チウ・ハオ=Qiu Hao)が、古風なアパルトマンを上海中探し回ったすえに見つけたのが、この物件。
外から見たかぎりでは、無個性な四角い建物に、洗濯物を干す鉄製の棒がニョキニョキ突き出ているだけだが(こちらでは洗濯物は建物と並行ではなく、直角に干すのが普通)、ギシギシ音を立てる木製の階段を上っていくと、オフホワイトに塗られたデュプレックス(2層)の素晴らしい空間が出現する。


高い天井、広く取られた窓からは上海中心部が見渡せる。家具はすべて、建物に合わせたクラシックなテイストで揃えられ、バスルームはタイル貼り、浴槽だって猫足の琺瑯引き。
このロケーションで、この部屋で、この値段・・・信じられません。



晶文社の死

出版界の不景気話には、もう飽きたって感じですが、あの晶文社が文芸編集部門閉鎖、というニュースにはびっくりというか、唖然としました。僕も以前に『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』という書評の本を出してもらったのですが、そのスタッフもみんな辞めてしまうそうです。
植草甚一を知ったのも、いまは『宝島』になっている雑誌『ワンダーランド』や、ブローティガンやディネーセンや、そのほかたくさんの文学作品で、自意識過剰なガキに決定的な影響を与えてくれたのも、ぜんぶ晶文社でした。それがこれからは、(いままでも稼ぎ頭だった)学習参考書や学校案内などに特化して、文芸書はいまある在庫を売り切って終わり、というのです。
こういうのを時代の波とか、不景気のせいにしてしまえばそれまでですが、そんなもんじゃないでしょう! 日本にどれだけ、晶文社のおかげで人生に希望を持って、時代を生き延びられた若者たちがいるか、現在の経営者はわかってるんでしょうか。
経営判断、というのは便利な言葉ですが、思うに、ひとにも死に方があるように、会社にも死に方というものがあるのではないでしょうか。これだけの知的資源を持つ出版社が、いまさら文芸書を出しても赤字で潰れるだけ、ということもないと思うのですが、かりにそうだとしても、「晶文社的知性」という宝物を失ってしまうからには、むりやり延命するよりも、走り続けて、最後に前のめりに倒れてほしい、と思ってしまうのは僕だけでしょうか。

今週のマスト・バイ:壁の本

高山植物だけとか、富士山だけとか、スナックのママさんだけとか、世の中にはいろんな「それだけ」を撮り続ける写真家がいますが、これは「壁」だけを撮り続けている杉浦貴美子さんという若手写真家の作品集。
このひとはとにかく壁、それも年月が染みついた壁というものに、激しく惹かれるようで、カメラでそのディテールを切り取る作業を、ひたすら続けてきました。その記録を集めたウェブサイトは、ほとんど抽象画のパターン集の様相を呈していますが(http://www.heuit.com/)、こうして印刷されてみると、「切り取るという作業によって、壁がなにか別のもの——作品と呼び替えてもいいかもしれませんが——に変容すること」、つまり目の前の事物を「切り取る」という作業が、そのままアーティスティックな行為になりうることが、よくわかります。
僕も壁のディテールは大好きで、似たような写真をよく撮っているのですが(もちろん、彼女のエネルギーにはとうていかないませんが)、デジカメの時代になって、こういう作業はますます純粋さの強度が増してきたと思います。
フィルムで撮影しているときは、「切り取る」ことが、気分的に、まだひとつの作品をつくるという行為に直結していましたが、デジカメになってみると、もはや「撮影」というよりも、それは目の前にあるなにかを記録保存する気持ちに傾いてきます。デジカメは、もうカメラというより、スキャナーなんですね。


うしろのほうに、壁の撮影方法が書いてあって、そのなかに「最初はズームレンズを使っていたが、いまは単焦点レンズなので、自分が近づいたり離れたりする」という一節がありました。これ、実はすごく大切なことです。僕もよく初心者へのアドバイスとして、ズームは使うなと教えますが、自分が動くこと、たとえばもっと寄りたかったら、自分が近づくこと。遠くからズームで楽しないこと。それが、ブツでありヒトであり、撮影ではほんとうに重要です。



この本を読んで、壁に興味をかきたてられたひとには、古本屋でこれも探すといいかもしれません。『日本の壁』。駸々堂という京都の出版社から1982年に発行された、定価2万円なりの立派なハードカバーですが(このころは京都にも立派な出版社が、たくさんありましたねー)、とにかく壁好き、特に日本の伝統的な壁の、あのなんともいえない美しさを愛するひとならば、まずゲットしておくべき定本でしょう。




2009年8月27日木曜日

今週のスナック:五反野あすか・後編


先週の前編で、すでにドキドキしてるみなさん、お待たせしました! 五反野のスナックあすかに君臨する魔性のママ、あすかさんの波瀾万丈人生劇場、いよいよ後編がアップされます。


北九州で生まれ、激動の青春を送ったのちに、最初の旦那様と運命的な出会いを果たす。しかし幸せな結婚生活も長くは続かず、生まれ育った九州を離れ、ふたりで放浪しながら東京に流れ着くうち、旦那様は精神的に追い詰められて自殺。残されたあすかママも自暴自棄な生活に落ち込みかけるが、仕事先で「あすか」という名の天使のような美少年と出会う。
彼のおかげで立ち直って未知の土地だった五反野に移り住み、スナックを開業。経営にようやく慣れかかったところで、mixiを通じて、またも男性との運命的な出会いが、あすかママを待っていた。今度の彼もまた、最初の旦那様にそっくりな、元ホストの女性的なイケメンという、大波乱を予期させずにはおかないキャラクターなのだった・・・。


もう、いちど読み始めたら、最後の行に辿り着くまでブラウザーを閉じられないこと、保証します! あすかママの自作自演セクシー・フォト・コーナーもあり!! 熟読よろしく!!!


http://www.kosaidoakatsuki.jp/shuppan/yondoko/002/post-38.php