2011年5月11日水曜日

東京スナック飲みある記



閉ざされたドアから漏れ聞こえるカラオケの音、暗がりにしゃがんで携帯電話してるホステス、おこぼれを漁るネコ・・。東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう場所。

東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。毎週チドリ足でお送りします。よろしくお付き合いを!

第13夜:台東区・浅草観音裏

かつては東京最大、おそらく日本最大の歓楽街であり、芝居に映画にストリップに売春まで、日本でいちばん「眠らない街」だったと、いくら昔の浅草の賑わいぶりを書き連ねても、いま浅草を遊ぼう、探検してみようという人々にとっては、なんのリアリティもないだろう。

たぶん昭和30年代ぐらいから浅草の凋落は始まっていたのだと思うが、しかしその原因を高度経済成長やテレビ文化の発達だけに求めてしまうのは、簡単すぎる理屈だろう。そして、いくらスカイツリー効果や円高の影響で観光客が増えたと言っても、いまの浅草にいにしえの輝きは、その残照すら残っていないのが正直なところである。

浅草観光の中心になるのは、雷門から浅草寺に至る仲見世の両側と、六区周辺のエリアだ。しかしおもだった劇場が次々に姿を消し、無個性なビルだらけになってしまいつつある六区の寂しさを、昔の写真と見比べてみると、その落差に愕然としないわけにいかない。いったい浅草になにが起こったのか。それは、ひとつの文化が死んでゆくプロセスを目の当たりにすることでもある。

1959(昭和34)年7月4日、浅草公園六区の夜の賑わい。
前方に見えるタワーが森下仁丹の広告塔「仁丹塔」。関東大震災で倒壊した
浅草のシンボル「凌雲閣(通称・十二階)」を模して1932(昭和7)年に
建てられた。1942(昭和17)年、戦時中の金属類回収令で撤去されたが、
1954(昭和29)年に再建。以降、浅草のランドマークを担ってきたが、
1986(昭和61)年に老朽化のため取り壊された。
写真/台東区立中央図書館所蔵 撮影:髙相嘉男氏

2011年現在、ぜんぜん賑わってない六区のありさま。
残っている映画館、演芸場もわずかになってしまった

浅草寺の周辺も現在は商業ビルや、高級マンションに
どんどん建て替えられている

1959(昭和34)年7月に撮影された完成間もないころの「新世界ビル」。
戦後、浅草寺本堂の西側にあった「瓢箪池」が埋め立てられその跡地に建てられた。
温泉浴場に宴会場、各種飲食店に劇場型キャバレー、さらにローラースケート場と、
まさに「娯楽の大殿堂」という謳い文句にふさわしい複合娯楽施設であった。
1972(昭和47)年、営業不振により廃業、現在は場外馬券発売所「ウインズ浅草」が建つ。
写真/台東区立中央図書館所蔵 撮影:髙相嘉男氏

新世界ビル跡に建つウインズ。馬券という夢を売るのに、なんて夢のない建物だろう

こんな浅草らしい風景も、いつまで見られるだろうか

浅草の歓楽街を抜けて、言問通りを渡った北側、通称「観音裏」と呼ばれる一帯がある。東の馬道通り、西の千束通りで区切られた一角だ。ふつうの観光客にとっては、言問通りが「北壁」になるのだろうか。道路を渡った観音裏エリアは、昼間歩いているぶんには住宅地のなかに、ポツポツと飲食店が目立つていどの、静かな街である。しかしそれが夜になると、あちこちに飲み屋のネオンが灯りだし、なんだか艶やかな雰囲気が漂ってくる。

もともと観音裏は「浅草花街」と呼ばれる、浅草芸者のホームグラウンドだった。いまでも残る見番を中心に、最盛期の大正末期には料理店49軒、待合茶屋250軒、芸妓1060名がひしめく、東京でも新橋や人形町と肩を並べる一大花街だったという。

浅草中心部から、ひさご通りを抜けた先が、言問通りと千束通りの角。
高層マンションが景観をさえぎるが、この裏側が今回ご案内する観音裏になる

浅草と吉原を結ぶ繁華街だった千束通り

もちろん、そんな時代はとうに過ぎて、いまは30数名の芸者衆が、浅草芸者の伝統を絶やすまじとがんばっているそうだが、芸者さんたちの活躍の場である料亭・割烹も数軒になってしまい、前途はなかなか多難そうだ。いまは粋な芸者さんの草履の音ではなく、スナックの扉から漏れ聞こえるカラオケの歌声が、観音裏の夜のBGMなのかもしれない。

観音裏の人気スポットといえば、まずは古風なたたずまいと藤棚で有名な曙湯

もうひとつはアニマル浜口のトレーニングジムだろうか

ちょっと前までは、リングサイドでプロレスを観戦しながら鍋を食べられたりする
ショーレストラン『ファイト倶楽部』もあったのだが、すでに閉店

「あのへんはね、土地勘のない人には怖いイメージがあるかもしれませんが、マンションやアパートがたくさんあって、住んでるひとが多いんですよ。言問通りを渡ると、家賃もずいぶん安くなるから、住みやすい場所なんです」と教えてくれたのは、六区通りに店を構えて四半世紀、浅草の表裏を知悉するダイニングバー『ORANGE-ROOM』の先代オーナー、遠藤明さんだ。

「穴場の中華料理屋さんとか、美味しい店や深夜までやっている店もありますから、吉原のお姉さんたちもご飯を食べにきています。あの子たちも、仕事を終えたあとは普通に女の子どうし、近場でゆっくり食べたいでしょうし、こっち(浅草寺側)に出てくると、『あいつ、どーのこーの』と噂されるのを嫌がりますからね」。 

観光客がめったに足をのばさない観音裏には、
こんな昭和的景観が随所に残っている

昼間は人通りもない観音裏の飲食エリア

料亭と見番が並ぶ観音裏のメインストリート、柳通り。
左側の赤いテントが、後述のスナック『ベニラン』だ

駅前飲食街のように、スナックが軒を連ねているわけでもなく、住宅地の中に店が1軒、2軒と点在していて、しかもその中には中高年専用のゲイバーも潜んでいたりして、たしかに観音裏のスナックには、なかなかハードルの高い雰囲気がある。遠藤さんによれば、「スナックという業態の特徴ですが、同じ坪数でもバーに較べて店内が狭くなりますし、常連中心で若者が来てくれなくなりますから、観音裏では特に、このところスナックからバーにかわる店が増えてます」とのこと。昭和の香りがぷんぷんしてて、見かけはちょっと(かなり?)扉を開けにくくて、でも入店してみればすごーく居心地のいい、そんな”ザ・スナック”が姿を消してしまう前に、「観光客の知らない浅草」を急いで探検しに行こう。

来週は練馬を飲み歩きます。


夜のとばりが下りると、静かな観音裏の、
もうひとつの顔があらわれてくる

浅草観音裏をハシゴするナイト・トリップ。1軒目に選んだのは、観音裏のメインストリート柳通りに面して、見かけは喫茶店のように可愛らしい店『PUB ベニラン』だ。通りを挟んだ向かい側は老舗料亭の『婦志多』、その先には浅草見番がある、粋な風情の漂う一角だ。

『小さなスナック』の歌が聞こえてきそうな『ベニラン』のファサード


『ベニラン』がオープンしたのは1972(昭和42)年のこと。今年で39年という、このへんでもいちばんの歴史を誇るスナックだ。

御年77歳という年齢がとても信じられない、笑顔の優しい蘭子ママは、浅草生まれの浅草育ち。「わたし、お汁粉屋の娘なんですよ」というとおり、実は「元祖オムマキ」で有名な、千束通りで創業百年、知らぬもののない老舗喫茶店「デンキヤホール」7人兄弟の末娘さんである。

高級クラブと見まごう、上品で落ちついた雰囲気

ソファの生地には特製の「金華山」を使用。
どっしりと豪奢なムードを醸し出す

波形のテーブルは、夫婦で銀座のクラブに行ったときに
一目で気に入って、同型のものを購入したそう

「わたしはもともと、まったくのシロウトで店を開いたんですよ」とママ。「PTAの集まりで、知り合いから『空き店舗ができたけれど、だれも入ってくれなくて困っている』と言われて、止むを得ず引き受けたんです」というのが、店を構えたきっかけだという。

10年前に亡くなられたご主人が、美術品を扱う仕事をしていたこともあって、店内は高級かつ上品な雰囲気。「ゴージャスな雰囲気のなかで、安く飲んでほしい」というのが、開店時からの店のポリシーだそうで、ドアを開けて高級そうなのにびっくり、お会計でリーズナブルなのにまたびっくり。だってこのインテリアで、つきだしもトコロテンとかいただいて、ひとり3000円ですから。


懐かしいピンク電話の置かれたカウンターの一隅

カラオケ用のステージ。オープン当初からカラオケは設置、
「もちろん8トラの時代からです! みなさん歌本を読みながら歌ってました」
という、年季の入った歌自慢がいまも集う

お手洗いの入口も重厚ムード

場所柄、角界の関係者もよく訪れる。額に飾られているの
白鵬の手形と、先代(三十四代)木村庄之助の揮毫

健康診断で、お医者さんをビックリさせる健康体。
浅草の生き字引でもある蘭子ママは、お客さんから
「百歳までやってくれ!」と言われるとか

最高齢では90歳というお客さんも来店するそうで、常連さんのつくる空気感を大事にしたいというママ。基本的に一見さんはお断りしているが、見番や近所の飲食店などで配布している『浅草観音裏 みちびきまっぷ』を持参すれば、入店可能だそう。この記事を見ましたと言ってくれても大丈夫ということなので、臆せずドアを開けていただきたい。
PUB ベニラン 台東区浅草3-21-9

メインストリートとはいえ、夜ともなれば人通りも、
車通りも少なくなる柳通りに店を構える『ひまわり』

『ベニラン』から柳通りをさらに北上すると、ひときわ明るい看板と電飾で目立っているのが『スナック ひまわり』。こちらも今年で22年という老舗店だ。


ドアを開けると、いきなり豪邸の玄関みたいな小空間があって、その奥の店内はかなり広々。スナックというより、クラブのような雰囲気が漂っている。

不思議な和洋折衷空間がお出迎え

こちらは御年68歳という節子ママは福島県相馬市出身。16歳で上京後、ビル掃除からベルト屋などなど、「もう、いろんな仕事をしてきました」と語る苦労人であります。

30人はラクに入れるという、広々とした店内

「花の名前がついたスナックはたくさんあるけれど、
夜の店で『ひまわり』というのはなかったから」店名に選ばれた、
ひまわりの絵柄が入ったテーブルも

お客さんから引き取ったというクラシックな絵画作品が、店内のあちこちに

あざらしのゴマちゃんは、この店の歴史とともに
歩んできたママのパートナーだそう

結婚後、主婦業と子育てしながら、別のスナックで10年ほど勤めたのちに独立。「(他の仕事よりも)スナックで働いたほうが、お金がよかったから」というのが、この道に入るきっかけだった。

お店にうかがったときは洋装だったのが、「え、写真撮るの、それなら着物に着替えるから、5分待ってて!」と、急いでお召し替えしてくれた元気いっぱいの節子ママ。店は年中無休、しかも浅草神社例大祭(三社祭)では、長年にわたり町会のビデオカメラマンを担当しているそうで、カメラ片手に「もう、いろんな場面を撮りたいから、(神輿を追って)走り回っています」。祭りのあとの、町会の打ち上げもこちらで開かれるそうで、店内の壁掛け大型モニターには、ママの撮影した映像が上映されるとか。「今年は震災で自粛なんてねえ」と、ほんとに残念そうだった。

「お店が大好きなんです」と年中無休を貫く節子ママ(左)と、
在籍8年、ナンバーワン・ホステスの恵子さん(右)

もとは喫茶店だったという広い店内は、ダンスだって踊れてしまいます


ダンス好きの節子ママの足元は、ちゃんと着物にダンスシューズ!

ちなみに桜の季節には、店内に大きな桜の枝をどーんと飾って「桜祭り」を開催するそうで、もはや本格的なインドアお花見。「来年のお花見のときにはぜったい来てね! 銀座のママさんたちもいっぱい遊びに来るし、すごいんだから」ということでした。行くしかないですね!

巨大な生花がお花見気分を盛り上げずにおかない、
これは2010年度「桜祭り」のスナップ

スナック ひまわり 台東区浅草4-11-1

浅草寺の裏から、言問通りを渡った観音裏にかけては、実はゲイバー、おかまバーの密集地でもある。見かけはふつうのスナックだが、ドアを開けてみればカウンターにフンドシ一丁の客がずらりと座って盛り上がり中、なんて店があったりして、それがまた裏浅草の妖しい魅力でもある。

「以前の店名をそのまま使ってます」という『美松』のある細道

観音裏にひっそり看板を掲げる『スナック 美松』は、女装の美津代ママが6年前に開いた”女装スナック”。ウェブサイトに書かれたコンセプトによれば、

浅草は女装っ娘と普通のお客様が自由に混ざる素敵な街♪♪ 浅草スナック美松は飾らないそのままの貴女でいられる素敵な空間です。
どうぞ自由な貴女自身でいてください。浅草スナック美松は貴女の女装ライフをさりげなく、でもしっかりと応援しちゃいます。http://asakusamimatsu.web.fc2.com/

『美松』が入る前はバーだったようで、店を開くにあたって
かなり改装したが、風格あるカウンターとテーブルは
その時代のものを使用。カウンター7席とボックス2席で
20名は入店可能

最新型の通信カラオケ・システムにBOSEのスピーカー、モニターも4台揃えて、
音の良さと歌いやすさには自信あり。


というわけでノンケの客はもちろん、(男女の)カップルにホモセクシャルにレズビアン、浅草芸者のお姉さん、吉原のソープ嬢も仕事帰りに歌いに来るという、多種多様なお客さんが気楽に混じりあって遊べる、自由な雰囲気が美津代ママのご自慢だ。もちろん女装マニアの客も来店、「あの〜着替えていいですか?」とキャリーバックに衣装と化粧道具を詰め、店で着替えてから飲むひともいるそう。そういうお客さんはスタッフ気分に浸りたいらしく、「忙しいときは、お運びを手伝ってくれるんですよ」。

「花鳥風月」がお手洗いへの入口

超リーズナブルな価格設定。営業時間は午後9時〜午前3時までだが、
土日は「ウインズ浅草」に来る客がレース後に立ち寄れるよう、
午後5時からオープンしている(火曜休み)

もともとはサラリーマンだったという美津代ママは、「朝起きて帰って寝るだけのハードな毎日」に嫌気がさして脱サラしたあと、どうしようかなーと考えるうちに、「人生のなかで1年や2年、ダメもとでいいから、こういうこともやってみようかな」と思いつく。以前から「世間でいうところの“下着女装”が精一杯でした」という隠れ女装っ娘だったママ。女装っ娘が集まる上野・浅草エリアに遊びに通ううち、同好の士が集まるカラオケスナックがあると仲間から聞いて観音裏に来たところ、「その店のママさんから『あたし、もうやめるんだけど、あなた、お店をやりたいんでしょ? やってみれば』と言われて、やるやる〜!って」決めちゃったそう。

自分がサラリーマンだったこともあって、サラリーマン目線の価格にしたいと、2000円で飲み放題・歌い放題という驚異の価格設定にしたところ、「お客さんは来てくれるんだけど、ぜんぜん儲かんなくて(笑)。あと、サラリーマンだっだったら1〜2時間で帰るんだけど、みんな帰んなくて……」と、いまは3時間の時間制で3000円。それでも安いです!

美津代ママはアニソンを歌わせたら絶品の裏声自慢で、「もともとアニソンなら
お客さんのレパートリーにかぶらないだろうと始めて、いまでは『鉄腕アトム』から
『機動戦士ガンダム』、『新世紀エヴァンゲリオン』まで、各時代の代表作を
歌いこなせます!」。写真撮りたいので一曲ぜひ!とお願いしたら、『超時空要塞マクロス』の
リン・ミンメイ(声優:飯島真理)が作中で歌う『私の彼はパイロット』を披露してくれた。
お話しするときの低音と、ハイプラノの歌声のギャップに仰天。
「初めて来られたお客さんに、ジャブを打つ歌なの」だとか

退職を決意した1年前から貯蓄はしていて、そのお金は女装用品を
揃えるのに使ったそう。化粧は我流で、本人曰く「ナチュラルメイクです」。
ソファの端っこには、バストアップ機器の「ビューティーバスト」
(カスタマイズ済み)も発見。苦節8年で、若干の効果ありだそう

実は住まいはけっこう遠いけれど、浅草の気楽さが大好きという美津代ママ。女装姿で近所のスーパーで買い物してもぜんぜん大丈夫という、浅草ならではの屈託なさが大のお気に入りで、界隈では「美松のみっちゃん」の通名で知られる有名人だとか。その気楽さが抜けなくて、「(家のある)地元では、女装のことはカミングアウトしてないのに、たまに『コワイわ〜〜』とかオネエ言葉が出ちゃって焦るんです」。やっぱり浅草の磁場って、強力ですねえ。
スナック 美松 台東区浅草4-37-2

ひょんなきっかけから女装スナックのママになった美津代さん。この浅草界隈が、
ホモ系の店がひしめくディープエリアだったことも店を始めてから気づいたそうで、
「聞けば聞くほど、またエライところにきちゃたな……って」と笑ってました