2011年5月19日木曜日

東京スナック飲みある記


閉ざされたドアから漏れ聞こえるカラオケの音、暗がりにしゃがんで携帯電話してるホステス、おこぼれを漁るネコ・・。東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう場所。


東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。毎週チドリ足でお送りします。よろしくお付き合いを!

第14夜:練馬区・練馬駅南口飲食街

練馬・・と言われて練馬ダイコン!と連想するひとはもう少ないかもしれない。もとはのどかな農村地帯、それがベッドタウンに発展していった練馬ではあるが、長らく「池袋をハブにする、西武線沿線の町」というだけの、他区の住民にとってはあまりイメージのはっきりしない町だった。

1915(大正4)年4月に武蔵野鉄道(現・西武鉄道)の駅として開業された練馬駅。
写真は1963(昭和38)年ごろの練馬駅南口の様子。三角屋根が印象的な駅舎だった
写真提供/練馬区

1966〜1967(昭和41〜42)年ごろの練馬駅前の千川通り。写真右に
見える大和証券と三井銀行の建物は現在も同じ場所に建っている。
千川通りは、1945(昭和20)年4月13、14日の空襲で
焼け野原となったが、戦後の復興も早かったと『練馬区史』にある
写真提供/練馬区

だいたいほかの都市鉄道に較べて、西武線沿線の町はどうも駅ごとのキャラに欠けるきらいがあり、それは西武鉄道(国土計画)の町づくりの概念をそのまま象徴している気もする。そんな練馬の町に新しい風穴が空いたのが、2000(平成12)年に全面開通した大江戸線。これによって都心の新宿から六本木エリアと直結することになった練馬は、それまでの「なにかといえば池袋」から、ひと皮剥けた郊外タウンになっていく。

駅の南口を降りて、このゲートをくぐれば
中央通り商店会の飲食街が待っている

練馬駅の北側には豊島園、さらには広大な在留米軍住宅施設グラントハイツの返還によって誕生した光が丘の瀟洒な住宅地が控え、「光が丘の住民は練馬区民と言いたがらない」というような通説を生むのであるが、きょう訪れるのは駅の南側。住所で言えば豊玉北5丁目と呼ばれる、駅前飲食街である。

居酒屋、スナック、キャバクラ・・
渾然一体となった理想的な夜の街

飲食街のメインストリートである練馬駅前中央通りの商店会会長であり、焼鳥・刺身・寿司の店『鳥ふじ』を営んで今年で46年目という宮田公維さんによれば、「昔はね、駅からここまで来ても、食べ物屋が4軒しかなかったんですよ。それ以外は物品販売の店と一般の住宅があるだけ」という静かな駅前風景だった。1965(昭和40)年に店を開いて、数年経ったころからようやく食べ物屋とバーがそれぞれ7〜8軒、物品販売の店が6軒と増えていって、1971(昭和46)年には「練馬駅前中央通り商店会」が発足。駅南口には練馬区役所、練馬警察署、練馬郵便局といった行政施設が集中していることから、「いまみたいに区の出張所なんかなかったから、たとえば印鑑証明を発行してもらうにしても、みんなここまで来なければならないでしょ。それに当初、練馬駅には南口しか昇降口がなかったこともあって、人の流れが自然と集まるようになりましたね」という。

「フィリピンパブが2軒、中国人経営者のパブが
20軒ぐらいあるでしょうか。逆に日本人の
経営者は少なくなってきましたね」と宮田会長が
言うように、アジア系の店も目につく

駅前飲食街にバーが軒を連ね、それがいつしかスナックに変わっていったのはどこでも同じだが、練馬駅南口エリアも、けっして広い飲食街ではないが、最盛期はスナックが50軒はあったという。ただ、ほかとちがうのは、「いまはキャバクラが増えて、スナックは減ってるけど、それでも10軒ぐらいしか減ってないね」という、意外な健闘ぶり。実際、夜の中央通りあたりをぶらぶらしてみると、黒服の客引きはいるわ、「飲んでいきませんかぁ〜」と寄ってくる中国小姐はいるわで、意外なほどのにぎわい。飲んだお店のママに話を聞いても、「ここらの地元の人もいるけど、このへんけっこう会社も増えてるんで、練馬で飲んでから電車に乗って帰宅するひともけっこういて、店は増えてるんですよ」と声を揃える。池袋や歌舞伎町の取り締まりが厳しくなったことから、高レベルのキャバ嬢や風俗関係も、こちらに流れてきているとも聞いた。

東京都心部の夜の街が、いまひとつかつてのような盛り上がりに欠けるのと対照的に、練馬のような周縁部がエネルギーを取り戻しているのは、うれしい発見だった。駅前飲食街のすぐ隣には、すでに地上35階建ての超高層マンション、ディアマークスキャピタルタワーがそびえ、近い将来のさらなる再開発が予想される。30年、40年の歴史を誇る老舗から、歴史も女の子も若々しいキャバクラまで、各種揃った練馬駅南口の飲食街。どこぞの駅前みたいな”複合商業施設”だらけになってしまう前に、しっかり夜のオリエンテーリングをすませておこう。

来週は板橋区大山を飲み歩きます。

練馬の1軒目は、70年代の高級クラブを思わせるエントランスに惹かれて、ふらふらと入ってしまった『シャルマン』。創業して40年近く、お客さんも30人はゆうに収容可能という、歴史と店舗の広さでは練馬駅周辺のスナックでも随一という名店であった。

『シャルマン』と『恋話館』が看板を並べるビル入口

往年の日活映画に出てきそうな『シャルマン』のドアまわり

クラブ風の上品な室内は、大人数の宴会にも楽に対応

メタリックな縁取りが印象的なカウンター・エリア


お店のネームを入れた焼酎も用意されている

「わたしはこの店を引き継いで6年になりますけど、その前に7〜8人はママがいたと思います」と話してくれたのは、練馬生まれの練馬育ちという、みどりママ。もともと音楽に傾倒していたママは、なんと1969年に渋谷東横劇場で上演された伝説のロック・ミュージカル『ヘアー』のメンバーであり、ザ・ブラザーズ・フォーをはじめとした洋楽歌詞の翻訳アルバイトのかたわら、テレビ・コマーシャルの歌手としても活躍していた。「宮浦みどり」名義でレコードも出していて、ちゃんとYoutubeにあがっているし、いまでもジャズレストラン「六本木サテンドール」そのほかで、弟のサックス奏者・宮浦清さんのライブに、ゲストボーカルとして出演しているそう。そんな輝かしい音楽歴を持ったママさんと、「初来店のお客さまなら2時間飲み放題、歌い放題5000円」で楽しめるなんて、音楽ファンとしてはうれしいかぎりであります。

左から、ママの娘さんで現在チーママを務める麗(うらら)さん。
みどりママ。そして4月下旬に入店したばかりの新人・かおりさんの美人トリオ

「これからは年齢層の高いお客さまにも、落ちついて楽しく飲んでいただける
お店にしたいんです」とママ。なのでホステスさんのヘアーと衣裳は、
華麗なドレスアップをこころがけているそう。平日もママとチーママ、
ホステスさん3人の豪華な5人で万全の態勢


シャルマン 練馬区豊玉北5-21-4 久保田ビル1F

『シャルマン』が入る久保田ビルの3階に店を構えるのが、『パブスナック 恋話館』。こちらも創業24年という老舗スナックである。


ビル入口の看板に「お客さまのカラオケバックに、マスターのギター演奏、なんて事も♪」と書かれている『恋話館』は、ギター・ベース奏者である田村喜信マスターが、お客さんのカラオケにエレキギターで”セッション”してくれる、音楽好きにはたまらない店だ。


「最近の若いお客さんは、『こいばなかん』と読んじゃうん
ですよ」とマスターが笑う『恋話館(れんわかん)』の看板

店はエレベーターなしの3階。でも、「がんばって上って
きてくれる80代のお客さんもいますから!」

ボックス席がずらりと並ぶ、広々とした店内

もともと喜信マスターは横浜のキャバレーやナイトクラブ、ホストクラブの生バンドでギターを弾いていたのが、練馬の別の場所で店を構えていた、たみ子ママを手伝うようになって「こんなかたちになりました」。

壁にひときわ目立つ大川栄策のサインポスター。ファンクラブに
加入しているお客さんが持ってくるのだそう

女の子にマイクを調整してもらい、マスターの伴奏で
『夕暮れ時はさびしそう』(NSP)を熱唱する常連さん


ボトル棚の脇には、マスターのギター・コレクションが

音楽のプロが気を配る店だけに、生演奏のほかにも特筆すべきなのがカラオケのサウンドシステム。いままでずいぶんいろんなお店に行ってきたけれど、こちらの音響はびっくりするほどのレベル。音が大きいのに、ひずみがなくて、すごく聴きやすい。たみ子ママによれば、「ソファ席の後ろにもスピーカーを仕込んでありますし、マスターはその日の気温や天候、さらにはお客さんのカラオケを聴いて、毎日そのつど微調整しているんです」。スナックなのにライブハウス感覚で楽しめる、貴重なお店を見つけてしまいました。


ステージ後ろの壁には、元サッカー日本女子代表(なでしこジャパン)の
フォワード・荒川恵理子選手のサインが飾られていた(左上の足形)。
荒川選手の実家が、同じ商店会(練馬駅前中央通り商店会)のラーメン屋
『元祖 札幌や』であり、いまも交流があるとか

パブスナック 恋話館 練馬区豊玉北5-21-4 久保田ビル3F

音楽好きの店を2軒ハシゴして、すっかりいい気分でうろうろしていると、ビルの地下からブルース・バンドの生演奏が・・。ふらふら近づいてみると、地下にライブハウスがあるオシャレなビルの、3階が『PUB LOUNGE Coast』だった。


暗闇にポツリ、南国気分があふれる『コースト』の看板


コンクリート打ちっ放しの空間に白いカウンターが映える、クールな店内

カウンターのランプが暖かみを添える

「練馬生まれの練馬育ち、練馬が大好きなんです!」という好江ママは、もともと「バリバリのサーファーでした」。それで自分のお店にも、「湾岸」の意味の『コースト』という名前をつけたそうだ。

カウンターの真後ろは、オフィスビル。残業している可哀想なひとたちを
見ながらの一杯は、また格別! ときどき、こっちを見て羨ましそうな
顔してるひともいました

地元で遊びながら、いろんなお店を手伝ったのち、とあるお店のチーママとして働き出したのが6年近く前。それまでは、「たとえばお客さんに靴のサイズを聞かれるでしょ、そうしたら翌日には靴が届くの」というバブル時代を体験してきただけに、なかなか不景気時代のチーママ業は大変だったが、自分のお店を構えることになったのは「そのときのオーナーママからの給料がストップしちゃったから」。チーママと、当時6人いたホステスさんが路頭に迷う危機に陥り、「女の子たちは他のお店に紹介しようとしたけど、みんな、離れたくないって言うし……」と、ついに独立を決意したのだった。侠気ありますねえ、と感心したら、「そうよ、わたしモノはついてないけど、中身は”男”だと思うんです!」ときっぱり。

元サーファーらしいディスプレーを発見

ほかのお店に呑みに行こうとすると、「好江ママが来るとビールが1本も残らなくなるから、来る前に電話して。ケースで補充しておくから!」と言われちゃうくらいの酒豪。それでいて、「お笑い芸人の楽しんごが『LOVE注入♥』なら、私はお客さんに『エネルギー注入♥』よ!」という明るいキャラ。しかも夜のママ業のほかに、昼も働いている自称「セブンイレブン(24時間)な女です」というがんばりやさん。仕事に疲れたサラリーマンには、最高のリフレッシュ・スポットですねえ。

ホステスさんは常時3人、多いときで4人も入っている。
今晩のお相手は左から淳さん、好江ママ、アツコさん

PUB LOUNGE Coast 練馬区豊玉北5-31-4 TSビル3F