浅草雷門から歩くこと約15分、もうすぐ先は吉原の泡風呂天国という絶妙の(?)、しかしとうてい飲食店には向いてそうにない住宅街の片隅に、ものすごく小さなタイ料理店がある。
「タイ居酒屋ソンポーン」というそのお店は、広さにして四畳半あるだろうか、カウンターに椅子が5つ、つまり定員5人、それ以上は店先の道路に折りたたみ椅子を勝手に出して路上飲食という、サイズからいえば屋台とどっこいどっこいのマイクロ・レストランだ。そしてここが、いま東京に住むタイ通のあいだで、もっとも注目される店のひとつである。
日本人とタイ人がきつきつのカウンター席で肩すりあわせ、スパイシーな料理を頬張ってはタイ・カラオケを絶唱し、ノドの渇きをビールで鎮め・・そんなミニ宴会が毎晩、2時過ぎまで続く。ビルのあいだを抜けるねっとりした風を背中に受けながら、知らないお客さんたちと夜中にワイワイやってると、なんだか浅草じゃなくてバンコクの裏路地の屋台で飲んだくれてる気分になってくる。
そしてソンポーンでだらだらご飯食べていると、ときどきやってくるのが『タイ野菜の移動販売』。タイ人のご主人とラオス人の奥さんというご夫婦が、茨城県でタイ野菜を栽培、ハイエースにぎっしり詰めて、夜になると売りに来るのだ。
タイ北部ウタイタニ出身のご主人サタポーン・スカーノンカナーパー(ニックネームはヒアタム)さんは、もともと車の運転手。奥様のソーサリーさんのほうはラオスの首都ビエンチャン出身。日本に来て看護師をしていたという。日本人の前夫とのあいだに28歳と22歳の息子がふたり、娘がひとりいるそうで、「もう孫もできちゃいました」とのこと。
レモングラス、空心菜、タイバジル、カナー(芥藍菜)、パクチーなど、常時10種類ほどのタイ野菜を栽培中。毎朝6時に起きて、茨城県坂東市小山の畑で農作業に汗を流し、夜になると「火曜日は茨城から近い埼玉の春日部のほう、水曜日は上野、錦糸町、浅草、木曜日は赤羽というぐあいに、週に5回くらいは売って回るんです」。そうやって夜更けまで移動販売して、家に帰り着くのは夜中の2時、3時。ときには朝になっちゃうこともあるそうで、おまけに奥さんはラーメン屋でアルバイトもしているというから、どれだけ働き者なんだろうか。