今月初めから恵比寿の写真美術館で始まっている『芸術写真の精華 日本のピクトリアリズム 珠玉の名品展』。
本展では、明治時代後半から1930年代までに制作された、日本が世界に誇る珠玉の名品約120点と貴重な資料を一堂に集め、日本のピクトリアリズム表現の精華を堪能していただきます。そこには近代化の中で獲得した日本人の感情がいかに変容し、いかに変容しなかったかの軌跡が浮かび上がってくるでしょう。
というわけで、一見地味な写真展なのですが、現代美術としての写真とか、そういう難しいことを忘れて見に行くと、意外に興味深かったりします。
明治維新とともにやってきた写真というメディアと、同じ時代にやってきた西洋美術。これが奇妙にミックスして、日本独特のピクトリアリズム(絵画主義)とも言うべき"芸術写真”があらわれてきます。
当時、バリバリに新しいメディアだった写真という技術に、アマプロ問わず日本中の表現者たちが夢中になって、さまざまな技法を試み、”だれも見たことのない画”を探して苦闘していたことが、100年近い時の隔たりをこえて伝わってきます。
二人像 1932
東京都写真美術館蔵
中でも僕が興味を引かれたのが、小関庄太郎という福島県で戦前を中心に活躍した写真家(1907-2003)。写真美術館にも1点、水着をつけた自分と上半身裸の女という、不思議なセルフポートレイトが所蔵されていますが、おもな収蔵先である福島県立美術館からやってきた4点は、いずれも「これ、ほんとに写真?」と目を疑う、ほとんど絵にしか見えないプリント。
一人歩む 1929
福島県立美術館蔵
海辺 1931
福島県立美術館蔵
「表現をより自由にするためには、どんなことでもする」と生前、小関さんは主張していたそうですが、その過剰なレタッチは、いまなら「フォトショップでいじりすぎて、絵みたいになっちゃった写真」(浜崎あゆみとか・・失礼)そのものです。
古風な町 1928
福島県立美術館蔵
働き男 1936
福島県立美術館寄託
写真を仕事にしていると、「フォトショップを使いすぎないこと」をいつも考えてしまうのですが(だってなんでもできちゃうし)、もしかしたら機材や感材の面では、いまと比べものにならないほど不便だった明治大正期のほうが、発想は自由だったのかもしれないと思うと、地味な展示がいきなり刺激的に見えてきます。同じ時期に地下の展示室では、セレブを撮ったベッティナ・ランスの展覧会が開催中なのですが(3月26日から)、申し訳ないけど僕にはこっちのほうが、はるかにスリリングです。
(図版はすべてカタログより転載・許可済)