2010年12月1日水曜日

東京右半分:小岩湯煙紀行2

小岩エリアの健康ランドをめぐる湯煙紀行。今週は『東京天然温泉・古代の湯』に入湯してみる。健康ランドというより、郊外型ショッピングセンターのような巨大ビルの1階から4階までを占める古代の湯。「東京天然温泉」という名前のとおり、単なる健康ランドではなく、まごうことなき天然温泉。地下1500メートルから湧き出る強塩泉である。ためしに口に含んでみると、なるほど海水と同じくらい強烈に塩辛い。


古代の湯は、東京でいちばん新しい温泉健康ランドでもある。もともと昭和30年代後半にできた『新小岩自動車学校』があって、同じ敷地内にゴルフ練習場、ボウリング場が開設され、2001年になって健康ランドが加わった。その翌々年にはお台場の大江戸温泉が開店しているけれど、あれはまあ健康ランドというより温泉テーマパークのようなものだろう。先週ご紹介した、同じ小岩エリアで22周年を迎えた湯宴ランドとは好対照である。

老舗・新興というだけでなく、内容を見ても湯宴ランドと古代の湯はまことに対照的。毎日2公演ある大衆演劇を中心に、アトラクションがびっしりスケジュールに組み込まれた湯宴ランドに対抗するように、古代の湯の方針は「都会の湯治場」(支配人さん談)。「うちの経営者の方針として、ゆっくり寛いでいただくために、なるべくなにもやらない方向で行こうとしてるんです」と、健康ランドにしては意外なお話をうかがった。



浅草アミューズ・ミュージアムで青森の「タッツケ」特別展開催中

2008年に出版した『BOROつぎ、はぎ、いかす。青森のぼろ布文化』(小出由紀子さんとの共著)のコレクションを実際に見て、触って体感できるユニークなミュージアムである、浅草のアミューズ・ミュージアム。芸能プロダクションの運営ということで、インテレクチュアルな芸術ファンには色眼鏡で見られがちだけど、あれだけの収集品を見て触れるというだけで、お堅い公立美術館よりはるかに刺激的だと思います。

そのアミューズ・ミュージアムで、常設のBORO展と並んで、11月11日から始まっている開館1周年特別展が『LOVE! HANDMADE 手しごと刺繍展』。なんだかフェミニンなタイトルですが、中味はなかなかどうして! 青森県南部地方で明治大正期、貧しい農家の女性たちが身につけたタッツケ(仕事着である股引)の逸品を並べた、非常に珍しいコレクションです。


タッツケとは、相撲の呼び出しなどが着用している膝から下が細く仕立てられた袴「裁着(たちつけ)」が転じたもので、青森県南部地方では女性の仕事着である股引(ももひき)の呼称だが、女性の下肢にこれほどの刺繍が施された衣類はこの南部地方に固有のもので世界的にも稀なものだ。 

南部地方は青森県を二分する太平洋側の地域である。雪が少なく緑豊かだが、土壌が稲作に向かない畑作地帯で東北の中でも特に貧しい地域だった。木綿は高級品だったので衣類はもっぱら麻布が中心。貧しさゆえ衣類を染める藍さえも多量に使うことができず、淡い浅葱色の染めが主流だった。

また、この地域は北東風(ヤマセ)が強く人々を苦しめた。寒冷で過酷な風土は衣服にも表れ、上衣はもちろん下衣にも保温と補強のために刺し子がほどこされた。下衣は上衣よりも損傷が激しいため、タッツケは特に丁寧に手刺繍された。過酷な環境が固有の風土的美意識を育み、浅葱色の麻布に貴重品だった木綿糸を縫いつける刺し子の技の粋が集められた。それが「南部菱刺しタッツケ」である。 

寒村の農民の仕事着というと、現代の我々はついつい「ボロボロの作業着」だと思い込んでしまうが、当時の農村での仕事着は単なる作業着ではなく人が集まる場所に着ていく衣類でもあるので、現代でいうOLのオフィスウェアやビジネススーツに近い感覚の衣類だった。特に男性同様に畑仕事などの労働を行っていた若い女性にとって仕事着は、パーティーウェア(晴れ着)ではないものの決して単なるワークウェアではなく、美しくありたいと精一杯の工夫を凝らした装いでもあった。 

もちろん機能的なデザインとなっており、膝上は畑仕事の時に動きやすいようゆったりと、また膝下は害虫に刺されないため体にフィットするよう極端に狭くなっている。

このジョッパーズのようなシルエットの裏地の傷んだ部分は、つぎあてされ補強され新たな合わせの妙をみせている。全面に施された刺し子は、娘たちの技を競うものであり、美しくありたいと願う心の発露であった。 

そんなに昔のことではない。かつては日本でも自分や自分の家族の衣類を一家の女性たちが自ら作ることは日常的なことだった。豊かではない暮らしの中、わずかな端切れ布や短い糸もとても大切にし、手に入るものを最大限工夫して、美しくありたい、健康でありたい、と願った想いが、これら美しい仕事着に残されている。これら一般女性の技術と想いをご覧ください。





いまや、ほとんど出口のないような閉塞感におおわれたハイ・ファッション界に較べて、こうした日本でもっとも貧しかった地域で百年以上前に生まれた衣装が、どれほど自由に、しかもシャープに映ることか。

展覧会は4月3日まで開催中。浅草寺のすぐ脇とロケーションも最高なので、ファッションに興味あるひとも、デザインに興味あるひとも、浅草に興味あるひともぜひ足を運ぶべし。しかしこういう貴重な展覧会を、こんな小さな民間のミュージアムにやられてしまうことを、おしゃれなデザイン・センターや公立の大ミュージアムさんたちは、もっと恥ずべきじゃないんでしょうか。

2010年11月24日水曜日

ROADSIDE USA ツイッター始まりました!



編集担当者による、ツイッターでのお知らせがスタートしました。「miyazaki41」で検索してみてください。

http://twitter.com/miyazaki41

これから定期的に、アメリカ取材こぼれ話などもフィードしていきますので、フォローよろしくお願いします。読んでくれた方、感想もこちらに送ってください!

ART IT web 失われたラジカセを求めて


ウェブマガジンとして甦った現代美術誌『ART IT』で、6月からひっそり連載が始まっている『ニッポン国デザイン村』。今回は1960年代末に日本が生んだ偉大なプロダクト「ラジカセ」について考察しています。


1960年代末に日本で生まれた偉大な発明であるラジカセ。ちなみに「ラジカセ」という名称を最初に使ったのは、カーステレオやカーナビ、レーザーディスクも世界に先駆けて商品化したパイオニアだと言われている。

ラジオが聴けて、カセットがかけられて、録音もできて、AC電源でも乾電池でも駆動するラジカセは、音楽が室内に縛りつけられることから一歩先に進んだ、画期的な技術だった。もしかしたらウォークマンよりもノートパソコンよりも、ましてやiPodなんかよりも、はるかに。

1980年代のアメリカにおいて、創生期のヒップホップ・シーンを支える存在として「ブームボックス」、「ゲットー・ブラスター」などと呼ばれ愛されたのを、覚えている方もいらっしゃるだろう。音楽をストリートに持ち出すこと。自分だけのサウンドシステムを持ち歩けること。ヒップホップ・カルチャーの誕生は、ラジカセなくしてはありえなかったかもしれない。

東京右半分:小岩湯煙紀行1

外国から友人が来ると、よく健康ランドに連れて行く。箱根の高級温泉旅館なんかより、はるかに楽しくて、気楽で、近くて、安いから。ハレの空間としてセットアップされた虚構じゃなくて、花柄ムームーをだらしなく着たリアルな日本人の、いい湯加減のシアワセがそこにはあるから。そしてなにより、裸足でどこでも歩き回れて、どこでも寝っ転がれて、24時間過ごせてしまう、日本ならではのサービスと清潔さが外国人には信じられないから。


 健康ランドの第一号店は昭和59(1984)年に開業した愛知県七宝町の中部健康センターと言われているが(ちなみにスーパー銭湯の第一号店も名古屋。愛知県民はクリエイティブな風呂好きなんですね)、関東エリアでは江戸川区船堀の『東京健康ランド』がいちばんの老舗で、今年がたしか創業24周年。それに次ぐのが小岩の『湯宴ランド』で、こちらは平成2年オープンで今年21年目。同じ小岩エリア(最寄り駅は新小岩)には平成13(2001)年に開業した『東京天然温泉・古代の湯』もある。


船堀の『東京健康ランド』だって、小岩から車に乗れば15分かそこらで着いてしまうので、考えてみれば小岩エリアは東京屈指の「湯の里」だ。というわけで今週、来週と小岩エリアの2軒の健康ランドをハシゴしてみる。まずは小岩駅から徒歩2、3分という至便な立地にそびえる健康ランド・ビル『湯宴ランド』に入湯してみました。



長谷川きよし 静音ライブ

11月23日勤労感謝の日、日ごろの勤労のご褒美として、福島まで長谷川きよしのライブを観に行ってきました。なんだか最近、気になるライブは東京都心よりも地方のほうが多くなって、来年はもっとがんばっていろいろ回るつもり。「地方都市のライブハウスめぐり」なんて企画、どこかの雑誌でやらせてもらえないですかねえ。

会場となったのは福島市駅から歩いて5分足らず、陣場町と呼ばれる無数のスナックと、それをさらに上回る風俗店がひしめく夜の街。この4月には暴力団の抗争から発砲事件まで起きたワイルドなエリアの一角、ビルの地下にひっそりと店を開く「マジー・ノワール」というバー。これがフランスか南ドイツの田舎の居酒屋のような、素晴らしい雰囲気の店で、外との違和感にまずびっくり。



ふつうのライブハウスのような、薄くてまずい飲み物じゃなくて、ちゃんとしたバーテンダーが作る、ちゃんとした酒をもらって椅子に座る。照明は小さなスポットと、あとは卓上のロウソクだけ。そして時間どおりに手を引かれて登場した長谷川きよしは、店内中央の大きなテーブルに、ひとつだけ空けてあった椅子に腰をおろすと、ギターを抱えて静かに歌い出した。

「静音(しずおと)ライブ」と名づけられたこの宵のイベントは、声もギターもマイクを通さない、まったくの生音でひとり歌う、いわば究極のアンプラグド・コンサート。観客は限定40人(それでもう満員なのだ)。ステージもなく、マイクもアンプもなく、お客さんと同じ場所で、同じレベルでギターを弾いて、歌うだけ。それで1時間半。PAがないから、エコーとかのイフェクトも、もちろんなしで。演奏者にとってこれほど真剣勝負を強いられる、そして観客にとってこれほど贅沢なコンサートって、なかなかないだろう。

今年61歳という年齢が信じられない声の艶と張り。超絶のギター・テクニック。シャンソンやファドもあれば、『別れのサンバ』、『黒の舟唄』といったヒット曲も、もちろん歌ってくれる。ワインをグラスで2杯。陶然と聴き入っているうちに、あっというまの1時間半が終わってしまった。

歌い終わった長谷川さんは、持ってきたCDを買ってくれたひとに、ひとりずつていねいにお話ししながら、手さぐりでCDジャケットにサインを入れてくれる。そうしてギターケースにギターを収め、手を引かれて去っていく。

こんなに素晴らしいアーティストが、伝え聞くところによれば、いまは群馬県の小さな町に住み、日本中のどこへでも、どんな小さな会場にも出かけて歌っているのだという。歌い終わったら、みずからCDを売って。

レコード会社が作る宣伝臭いサイトとはぜんぜんちがう、いかにも手作りふうのオフィシャル・サイトにはコンサートのスケジュールが掲載されているが、その開催場所からも、フットワークの軽やかさが伝わってくる。


東京では来週11月29日に六本木スイート・ベイジルで、シャンソン歌手クミコとのジョイント・ライブがある。現在進行形の天才のエネルギーに、ぜひ間近で触れていただきたい。


サインしてもらったCDジャケット・・・感涙

すでに20枚以上のアルバムを発表していますが、デビュー40周年のおととし発表されたこのライブ・レコーディング・アルバムが、ライブの雰囲気をよく伝えてくれています。

2010年11月17日水曜日


アンニョウンハセヨ・フロム・ソウル

『ROADSIDE USA』専用紹介サイト・オープン!

先週ちらっとお知らせしましたが取材に8年、制作に3年、自分の40代をほとんどかけたといってもそんなに過言じゃない「珍世界紀行 アメリカ編」が、ようやく完成。今月末から店頭に並ぶことになりました・・涙。早い書店では来週末から、店頭に並びます。


アラスカからフロリダまで、ニューヨークからカリフォルニアまで、全米50州をすべて巡り歩き、集めた珍スポット、奇人変人、アウトサイダー・アーティスト、その数500以上。写真約1200点。全528ページ、もちろんオールカラー。25センチ角、厚さ約4センチ! という驚異のヴォリューム。重量2.2キロ。並みのノートパソコンより重いです。献本の発送も大変です・・。

あまりにもヴォリューム満点のため、内容を紹介する専用ウェブサイトをつくりました。まずはこちらをご覧ください!



AMAZONではすでに予約を受け付けています。ほんとうの(笑)定価は約1万2000円なのですが、刊行から半年だけは特別価格9975円でご提供。高いけど、安いです! なお初回出荷分には、特典としてオリジナル絵葉書4枚セットが封入されています。ぜひお早めにご予約を。

大竹伸朗による『HEAVEN』書評

先月、大竹伸朗くんが新聞の書評欄に、『HEAVEN』の素晴らしい書評を書いてくれました。共同通信の配信のため、地方紙への掲載がおもになり、東京では読んでもらえる機会が少なかったのがあまりにも残念なので、本人の了解のもと、ここに転載させていただきます。

HEAVEN


 小島の安ホテル、ベッドサイドには非常用懐中電灯と並んで置かれた小ぶりの「聖書」—。本書を手にすると、そんなイメージが浮かぶ。人影のない漁港、鉛色の海と生臭い潮風・・天国(ヘブン)は案外こんなところかもしれない。
 本書は、著者の感性をもって、20年あまり追い続け捕らえた国内天国ダイジェスト編だ。
 スナック、カラオケ、ラブホテル、着倒れヤングに秘宝館・・。ページをめくるにつれ、人生街道は、表と裏で語れないメビウスの輪のようなものだと思い知る。北の岬のスナックでいつか呑んだ水割りが幸と不幸に溶け始め、「正解」とは「ザレゴト」とも読めることに思い至る。
 十数年前、彼が週刊誌に「珍日本紀行」を連載中、国内ローカル地20ヶ所あまりを断続的に同行した。目的やコンセプト、見返りも存在しない荒野に、ヌメッとドロッとポロッと在る、得体の知れない日本景のカケラを探し求め、風光明媚とは対極の「美の極北」を共に巡った。そんな道中の寂れた居酒屋で、目の前にドンッと置かれたパサパサでトホホなシシャモを見つめふと思った・・「本質は厄介に宿る」。
 この世には「厄介人」という人種がいる。彼らは、自身を厄介者だとはツユほどにも思わない。ありていに謙虚で不気味な風体だ。真の「厄介域」は因果律上にあり、都築響一はそこをピンポイントで感知し咀嚼して、「業」という名の胃袋に放り込む。
 厄介人の辞書に「徒労」の2文字はない。己がどんなゴミの山に埋まろうが、太陽系が口をつぐむ厄介ジジイになろうが、ただひたすらに我が道を爆走する。そこにこぼれる静かな笑みは次の創造物に連鎖していく。これって「真の幸福」ということだったのではないのか?
 定義なきままフラフラとおぼろげに「厄介粒子」が浮遊するこの混沌宇宙、そんなヘブンがこの本の中でグルグルとドス黒く回転している。


文中にも触れられているように、僕が週刊SPA!誌の連載『珍日本紀行』の取材で地方を回っている時期に、彼はいまはなき文芸誌『海燕』の表紙から始まるカラー・ページの連載を持っていて、ずいぶんいろんな場末をいっしょに旅して回りました。こんなところで何ページ分も絵が描けるんだろうか?と心配せざるを得ないような、なんの変哲も特徴もない田舎の街角で、大竹くんは突然立ち止まっては電柱の剥がれかけた貼り紙や、壁のシミや、落っこちそうな看板やらを熱心に写真に撮っていて、何ヶ月か後にはそれがすごく風情のある油絵や色鉛筆画になっている・・そういう創作のプロセスを脇から見ていられたのは、僕にとっても最高に貴重な、そして勇気づけられる体験でした。

僕の旅は『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』になり、そして今回の展覧会『HEAVEN』に結実しましたが、大竹伸朗の「国内ローカル地めぐり」は、1999年に発表された『ZYAPAИORAMA 大竹伸朗日本景』にもっともクリアーにまとまっています。未見の方は、ぜひご一読を!





東京右半分:シャッター通りと『王様の椅子』


JR上野御徒町駅から、にぎわう湯島方面とは反対側に春日通りを蔵前に向かって歩き出す。昭和通りを渡り、さらにまっすぐ行って清洲橋通りとの交差点にぶつかる手前が、佐竹商店街の入口だ。

明治31年に商店街が結成され、金沢の片町商店街に続く日本で2番目に古い商店街とされる、由緒ある佐竹商店街だが・・・現在の姿は都内でも有数のシャッター通り。すぐそばにある鳥越おかず横町などよりも、よほど古い歴史を持ち、商店街入口には地下鉄大江戸線新御徒町の出入り口もできて便利になったのに。

夏の終わりのある日、その佐竹商店街を歩いていたら、真新しい掲示板が立っているのに気がついた。『笑点街』と題されたステートメントに、「このたび、私たちは佐竹商店街を舞台に短編映画を撮らせていただくことになりました・・・」というお知らせが、吉岡篤史、オクケンユー、川口花乃子という3人の連名で記されている。その脇にはモノクロ写真で、いまも営業を続ける店の、たぶん店番をしているひとたちが座っている椅子が写真に撮られて並んでいる。思わず立ち止まって、じっくり眺めてみると、すごく味があっておもしろい。なんでこんなの、展示してあるんだろう。椅子を主人公にした映画ができるんだろうか? 写真に気を取られて最初は気がつかなかったが、写真の脇にはこんな説明文が貼ってあった――

『王様の椅子』

私たちは映画制作のために、週に一回、佐竹商店街にお邪魔しています。毎回、各店舗のご主人にいろいろな楽しいお話を伺いながら、商店街を歩いています。

そこで、私たちは、各店舗にはそれぞれご店主の座る『椅子』がある事に気付きました。その『椅子』たちは、「先代からずっと使っている椅子」「奥様お手製のクッション付き」「職人さんの手作り」など、各店の歴史と個性が刻まれた象徴的な存在ばかりでした。

「いつもは自分が座ってるけど、お客さんが来てくれた時はお客さんに掛けてもらうの。はじめは、みんな遠慮するんだけど、『これは王様の椅子だから』っていうと、みんな掛けて一休みしていってくれるのよ。」

そんなエピソードから今回の写真たちを「王様の椅子」というタイトルで展示します。




いったいどんな3人が、こんな風流なことやってるんだろうと気になって、会ってもらうことにした。東京右半分・・じゃなくて阿佐ヶ谷の駅で待っていてくれた彼ら3人は、吉岡さんと川口さんが俳優、オクさんはアーティストとしてそれぞれ活動しながら、『coy』というユニットを組んで、佐竹商店街の映画を撮ろうとしている若者たちだった。 


日本橋のホテルでタンザニアのアートを

ちょっとした用で寄った日本橋蛎殻町(水天宮そば)のロイヤルパークホテル。ロビーをうろうろしていたら、目に鮮やかな原色の絵画がずらっと並び、初老のアフリカ人が小さな机にかがみ込んで絵の具を混ぜてました。ペンキっぽい匂いに引き寄せられて近づいてみると、それは『ティンガティンガ』と呼ばれるアフリカ・タンザニアで1960年代後半に生まれたフォーク・アートでした。



「ティンガティンガ」は、1960年代初めにダルエスサラーム(タンザニアの商都)で誕生した独特の絵画スタイルで、創始者であるエドワルド・ティンガティンガの名前に由来します。


もともとは建築資材である正方形の合板に、塗装用のエナメル・ペンキを用い、動物や精霊を大胆にデフォルメした構図と、鮮やかな色彩感覚で描いたのが始まりです。


ティンガティンガ氏の死後、弟子達が彼の精神世界を継承し、野生動物にとどまらず、タンザニアの自然、人々の日々の暮らしや伝統的信仰、歴史上の出来事などもモチーフにした独特の「ティンガティンガ・スタイル」を確立しました。


1970年代以降、欧州で注目を集めるようになったこれらの絵画は、現在ではタンザニア固有の芸術、アフリカ大陸を代表するモダン・アートとして広く世界に知られています。ティンガティンガ・アートは、見るものを想像の別世界へと引き込み、心を温かく満たしてくれます。


ダルエスサラーム郊外にあるティンガティンガ共同工房では、才能に溢れ熟練した技術を持つ画家たちが今もなお活動を続けています。しかし彼らの作品への対価は、彼らが現地で築き上げたものほどにはなっていません。駐日タンザニア大使館はティンガティンガ絵画を広め、才能に恵まれた画家たちを支援するネットワーク作りに励んでいます。
(タンザニア大使館のウェブサイトより)



創始者であるエドワルドは40歳という若さで、警官に誤射され命を落としたようですが、その手法を継いだ弟子のひとりがただいま来日中。チェックイン、チェックアウトや商談で騒々しいロビーの片隅で、ひとり静かに公開制作をしているわけです。こういう出会いがあるから、街歩きってやめられないというか。雑誌の展覧会ガイドがいかにアテにならないかってことですねえ。

「23日までは毎日、ここで描いてるよ」と、きちんとスーツを着て制作中のオジサンは言っていたので、近くに用のある方はぜひ立ち寄ってみてください。ホテルからちょっと歩けば、人形町の商店街でおいしいご飯も食べられるし。



タンザニアのポップアート「ティンガティンガ絵画展2010」
開催: 2010年11月13日(土)〜23日(火・祝)
時間: 月〜金 10:00〜18:00
土日祝 10:00〜19:00
会場: ロイヤルパークホテル 1Fロビー
(東京メトロ半蔵門線「水天宮前駅」に直結)

浅川マキ『Long Good-bye』の衝撃

今年の1月に名古屋で亡くなった浅川マキ。「アンダーグラウンドの女王」などという呼称はあまりに安直かもしれませんが、しかし「アングラ」という言葉が磁力を持ち得ていた時代、日本でもっとも暗く輝いていたアーティストであったことはまちがいありません。

生前、浅川マキのCDは10枚組の自選作品集ボックスが出ていたほかは(マストバイ!)、『DARKNESS I~IV』がリリースされていただけでした。一時、アナログ・レコード時代の旧譜が数枚リイッシューされましたが、本人の強い希望ですぐに廃盤となったそうです。

そんなアナログ・ワールドに生きてきた浅川マキの、いま手に入る最高のベスト盤が発売されました。生前、マキを支えたプロデューサーやスタッフたちが再結集して選んだ、2枚組32曲。ディスク1は比較的よく知られた曲が多いですが、2枚目はあまり知られていない曲が多い、かなり凝った選曲。そして32曲中、なんと10曲が初CD化という、2万円の10枚組ボックスを買ったファンですら買わざるを得ない、憎いつくりです・・。先日、関係者のひとりとお話ししたら、「アマゾンの音楽・フォーク部門でいきなり1位になっていて、一同ビックリした」そう。

しかも本作には、歌詞を収めた通常のブックレットのほかに、彼女をずっと撮ってきた田村仁さんによる、未発表写真で構成された32ページの写真集がついてます。しかもお値段は2枚組で3300円という良心価格。これはもう・・・即ポチしかないですね。

一周忌に向けて、来年初頭には白夜書房と実業之日本社から浅川マキ本が出版されるようです。これも楽しみ! 立派な音楽雑誌ではなく、実話誌などの汚い印刷のページに載っていた、彼女の独特な語り口のエッセイは、一見不釣り合いなようでいて、なんだか妙にしっくりなじんでいたのを思い出します。

世の中、こんなに隠れマキ・ファンがいたのかと驚きますが、しかし・・・いま、この時代の浅川マキを、僕らは持つことができるのでしょうか。

<DISC.1>
01. 夜が明けたら(「浅川マキの世界」より)(1970)
02. ちっちゃな時から(「MAKI LIVE」より)(1972、※初CD化)
03. 赤い橋(「MAKI LIVE」より)(1972、※初CD化)
04. 放し飼い(「こぼれる黄金の砂」より)(1987)
05. あなたなしで(「灯ともし頃」より)(1976)
06. ガソリン・アレイ(「MAKI LIVE」より)(1972)
07. それはスポットライトではない(「浅川マキ ライヴ 夜」より)(1978)
08. かもめ(「浅川マキの世界」より)(1970)
09. 裏窓(「裏窓」より)(1973)
10. 淋しさには名前がない(「浅川マキの世界」より)(1970)
11. 少年(「MAKI LIVE」より)(1972、※初CD化)
12. にぎわい(「MAKI LIVE」より)(1972)
13. セント・ジェームス病院(「裏窓」より)(1973)
14. こころ隠して(「CAT NAP」より)(1982)
15. こんな風に過ぎて行くのなら(「こんな風に過ぎて行くのなら」より)(1996)
16. マイ・マン(「マイ・マン」より)(1982)

<DISC.2>
01. TOO MUCH MYSTERY(「寂しい日々」より)(1978、※初CD化)
02. コントロール(「WHO'S KNOCKING ON MY DOOR」より)(1983、※初CD化)
03. めくら花(「浅川マキ�」より)(1971)
04. ふしあわせという名の猫(「浅川マキの世界」より)(1970)
05. ナイロン・カバーリング(「寂しい日々」より)(1978)
06. If I'm on the late side(「流れを渡る」より)(1977、※初CD化)
07. 大砂塵(「Blue Spirit Blues」より)(1972、※初CD化)
08. Blue Spirit Blues(「Blue Spirit Blues」より)(1972、※初CD化)
09. ちょっと長い関係のブルース(「マイ・マン」より)(1982)
10. POSSESSION OBSESSION(「アメリカの夜」より)(1986)
11. アメリカの夜(「アメリカの夜」より)(1986)
12. 朝日樓(朝日のあたる家)(「MAKI LIVE」より)(1972、※初CD化)
13. あの娘がくれたブルース(「Blue Spirit Blues」より)(1972)
14. 暗い日曜日(「寂しい日々」より)(1978、※初CD化)
15. ジンハウス・ブルース(「浅川マキII」より)(1971)
16. INTERLUDE(「闇のなかに置き去りにして」より)(1998)

【Underworld】世界でいちばんダサいBorn Slippy【フィンランド版YMCA】



このひと(moguminoripさん)、すごすぎ! こういうひとに、日本の腐れ切った地上波TVを変えてもらいたい!

2010年11月10日水曜日

『ROADSIDE USA』ついに予約開始!

取材に8年、制作に3年、自分の40代をほとんどかけたといってもそんなに過言じゃない、「珍世界紀行 アメリカ編」が、ようやく完成。今月末から店頭に並ぶことになりました・・涙。

アラスカからフロリダまで、ニューヨークからカリフォルニアまで、全米50州をすべて巡り歩き、集めた珍スポット、奇人変人、アウトサイダー・アーティスト、その数500以上。写真約1200点。全528ページ、もちろんオールカラー。25センチ角、厚さ約4センチ! という驚異のヴォリューム。並みのノートパソコンより重いです。

来週には内容紹介の専用ウェブサイトもオープン予定で、これからブログでもいろいろ説明させてもらいますが、AMAZONではすでに予約を受け付けています。ほんとうの(笑)定価は約1万2000円なのですが、刊行から半年だけは特別価格9975円でご提供。高いけど、安いです! 予約特典に絵葉書セットもつく予定ですので、ぜひお早めにご予約を。

東京右半分:競艇場でアートに溺れた日

平日の朝10時過ぎ、都営新宿線船堀駅前には、すでに長蛇の列ができている。江戸川競艇場への無料シャトルバスを待つ人々だ。

競馬、競輪、オートレース、競艇と4種類ある公営競技のうちでも、競艇には独特な雰囲気が漂っている。出走者数を比較しても中央競馬が十数頭、競輪が9車、オートレースが8車であるのに較べて、競艇は6艇。それだけ投票券の順列組み合わせが少なくなり、したがって競馬のように極端な高額配当が出ないかわり、初心者にとっては予想を楽しみやすい。バスに並ぶ寡黙なファンを見ていても、”酸いも甘いも噛み分けてきました”オーラが顔からも身体からも、着衣からも漂う年配男性がほとんどだ。




1955年オープン、すでに半世紀を超える歴史を誇る江戸川競艇。全国に24ヶ所ある競艇場のうちで唯一、河川をそのまま利用しているユニークなボートレース場だ。しかし全国的な公営ギャンブル離れの荒波を受け、江戸川競艇も経営環境はけっして明るくない。いま競艇場に通ってくれるファンだけでなく、新たな客層の掘り起こしが急務であるーーというわけで、江戸川競艇は3年ほど前から、意表を突いたプロジェクトを立ち上げている。『ボートレース江戸川アートミュージアム』(略称EKAM)と題されたそのプロジェクトは、競艇場のさまざまなエリアにアート作品を配置し、レース開催日に「EKAMアートツアー」も開催。それまで競艇には興味のなかった、まったくちがうジャンルのお客さんを呼び込もうという、ギャンブルファンもアートファンもびっくりの斬新企画だ。





アートツアーは午前11時に、ふだんは入場料4000円を払わないと入れない特別観覧フロア『プレミアムラウンジ・遊』からスタート。ツアーと言っても参加人数は最大10名までの少人数。しかも専属のツアーコンダクターがつきっきりで、2時間近くにわたって作品をひとつひとつ丁寧に説明してくれ、しかも豪華ランチまでついているという、ふつうのミュージアムでは望むべくもない濃厚サービスである。

http://www.chikumashobo.co.jp/blog/new_chikuma_tuzuki/

孤高の天才テオ・ヤンセンが日本上陸!

オランダの海辺の町で、巨大な人工生命体『ストランドビースト』を作りつづけているアーティスト、というよりマッド・サイエンティストと敬意を込めて呼びたいテオ・ヤンセン(Theo Jansen)。ただいまおとなり韓国で展覧会を開催中ですが、12月から東京でも展示されることになったそう! それも現代美術館ではなくて、江東区青海の日本科学未来館(行ったことあります?)という渋い開催地なので、お洒落なアート雑誌やウェブマガジンはカバーしないかも。いまからスケジュール空けておいて、ぜったい観に行ってください! ほんとはこういうのこそ、現代美術館がやらないとダメなのに。

『「テオ・ヤンセン展〜生命の創造〜」物理と芸術が生み出した新しい可能性』
2010年12月9日(木)〜2011年2月14日(月)
日本科学未来館 1階 企画展示ゾーンb
http://www.miraikan.jst.go.jp/spevent/theojansen/

本展はオランダ出身のアーティスト テオ・ヤンセン氏の作品「ビーチアニマル」を、科学的な視点で紹介します。 「ビーチアニマル」は大きいものでは体長15メートルにもおよぶ、プラスチックチューブやペットボトル、木材などで構成され、風を受けるとまるで生き物のように動き出します。そんな人工生命体のような作品を通して、生命の本質や未来の生命の可能性を考えます。

本展では新旧計13体の「ビーチアニマル」を展示。世界初公開となる「シアメシス」(体長15メートル)をはじめとする、巨大作品2体と小型作品(体長4メートル)2体が、会場内で巧妙な動きを披露します。また、9つの歴代作品を展示し、作品の進化と生命の進化をなぞらえ、生命の本質に迫ります。
(公式サイトより)

テオ・ヤンセンの作品がどれくらい強力なのかは、映像を見てもらうのがいちばんなのですが、


その全貌を伝える『テオ・ヤンセン 砂浜の生命体』というDVDが出ています。いままではなかなか買いにくかったのが、このほど日本の代理店ができて、簡単にウェブサイトから注文できるようになりました。これ、必見です!


そしてなんと、学研の『大人の科学マガジン』では来年1月発売号でテオ・ヤンセンの『ミニ・ビースト』が付録に付くそう! これはいまから予約しておかないと・・。


ハロウィーンの超絶ライトショー

日本国内では、一部業者の必死の煽りにもかかわらず、たいしてポピュラーにならないでいてくれているハロウィーンですが、本国アメリカでは例年どおりの大騒ぎ。カボチャをくりぬいたジャックランタンや、お化けの仮装をした子供たちなど、おなじみの光景が見られたようですが、友人に教わったこの映像にはびっくり。家の電飾なんですが、その完成度たるや・・・一般家庭なのに。ここではマイケル・ジャクソンの『スリラー』を載せましたが、YOUTUBEにはほかの曲での電飾ショーもアップされているので、全曲ご覧あれ!

チリのダンシング・ドッグ

友人から教えてもらったYOUTUBE特選映像をもうひとつ。飼い主とメレンゲを踊る犬の絶妙演技です! チリ国内ではちょっと知られた存在であるらしいこの犬、キャリーという名前のゴールデンレトリバーで、飼い主の名前はいまのところ不明。しかし素晴らしい調教結果というか、キャリーちゃんの才能に絶句。なんか日本のテレビ局が、カネにもの言わせて連れてきちゃいそうで怖いですねえ。


ちなみにこの映像、初めてウェブサイトに登場したのが8月31日なのに、これを書いているきょうの時点で、YOUTUBEだけですでに750万以上のヒット数! ネットのちからって、ほんとうにすごいです。

ブダペストの異色ロウ人形館ふたつ

最近は温泉めぐりの地としても人気が高まっているハンガリーのブダペスト。レクチャーに招いてもらったあいまに、どこか変わったおもしろスポットはないかと探してみれば・・・なんと4ヶ所もロウ人形館らしきものがあるじゃないですか! 時間の関係で、今回はそのうち2ヶ所だけ訪れることができました。ブダペストには『ハウス・オヴ・テラー=恐怖の館』と呼ばれる有名なミュージアムもあるのですが、こちらはナチス時代、それに続く社会主義独裁政権時代に迫害にあったひとびとを記録する、しごく真面目な展示施設なので、それはほかのガイドブックに任せとくとして・・・

まずは『マフィア・ミュージアム』。市内中心部の立派な建物の地下に2008年冬、オープンしたばかりの犯罪ロウ人形館。資料がハンガリー語ばかりでよくわからないのですが、たぶん国立らしいです。


なぜにハンガリーでマフィアなのかは謎ですが、入館してみれば内部の前半が「シチリア・マフィアの歴史」、そして後半が「現代ハンガリーの犯罪」という構成。シチリアのほうはマフィアの成り立ちから、抗争の主な舞台をアメリカに移してからの血なまぐさい事件現場などで、マフィアの歴史をスピード・ラーニング。





そして後半はドラッグ密輸に売春にと、現在もブダペスト各所で行われているにちがいない犯罪の数々が、リアルなロウ人形とジオラマで再現されてます。小中学生の課外授業にもよく使われているようで、僕が行ったときも現地の小学生が、写真撮りまくってました。ちなみにこのミュージアムは「どんどん写真撮って、なるべくたくさんのひとに広めてください」という寛大な姿勢なので、高感度のカメラ持っていきましょう!






 公式サイト(ハンガリー語のみ) http://www.maffiamuzeum.hu/

いっぽうマフィアと対照的に、「ぜったい撮影禁止!」と厳しい姿勢だったのが、通称『ホスピタル・イン・ザ・ロック=岩窟病院』といわれる「軍事病院&核シェルター」。この不気味な施設、なんとブダ城の地下にあるのです。ブダペストを訪れたことのある方はご承知でしょうが、市内中心部、ブダの丘にそびえるお城。その地下がこんなことになってたなんて・・・。

お城の裏手、めちゃくちゃわかりにくい入口


もともと第2次大戦時に軍事病院として建設され、最盛期(?)には1000人以上の患者がここに収容されていたという岩窟病院。大戦終結後、こんどは冷戦時代になるとさらに規模を拡大、核シェルターとして整備されることになりました。



軍事機密として、その存在が半世紀以上にわたって隠されてきた岩窟病院と核シェルター。2004年までは管理人が住み込みで常駐し、機器類のメンテナンスから、病院のシーツ交換まで欠かさず行っていたというから驚きです。2007年に初めて一般公開。あまり外国人観光客には知られていませんが、こちらもやはり課外授業ではよく使われているようです。



内部はほとんど迷路状態のため、見学は毎日数回設定されているツアーのみになりますが、ハンガリー語のほか、英語のガイド役もちゃんといるので安心。迫真の出来のロウ人形から、往時の悲惨な状況を想像すると、背筋が寒くなってきます!




なお、このふたつのロウ人形館は、12月17日発売予定の『ワンダーJAPAN』2010年12月号で詳しく紹介予定です。ご期待ください!