2011年1月21日金曜日

浅川マキの『ロング・グッドバイ』

その早すぎる死からちょうど1年、ついに出ました、浅川マキのオフィシャル本『ロング・グッドバイ 浅川マキの世界』です。版元の白夜書房のサイトから紹介文を引用させてもらうと——

2010年1月17日に急逝した、日本におけるワン&オンリーの歌手「浅川マキ」、その独自の世界を、著者自身の原稿、対談、関係者等のインタビュー、写真、年譜、ディスコグラフィーで構成した、その軌跡の全貌を伝える、最初にして最後のオフィシャル決定版、初回完全限定で、遂に発売!
 デビュー当時から写真を撮り続けている、田村仁の貴重な写真を多数収録!


<内容一覧>
灯ともし頃(未発表写真) 写真・田村 仁


第一章 あの娘がくれたブルース 浅川マキ


第二章 今夜ほど淋しい夜はない 浅川マキ


 追悼・浅川マキ
  反世界の表現者を全う 加藤登紀子
  ちょうど一冊の本のような完全犯罪 五所純子


第三章 一冊の本のような(浅川マキが書く人物論)
 ビリー・ホリディのこと
 Who's Knocking on My Door(寺山修司のこと)
 野坂さんの唄のなかから
 南里さんのブルー・ノートは南里さんの裡に
 筒井さんのこと
 あの男がピアノを弾いた(阿部薫のこと)


第四章 新しいと言われ、古いと言われ(対談集)
 たとえ五人の聴衆のためでも 五木寛之との対談
 黒いブルース・フィーリング 河野典生との対談
 バンド編成をめぐるむずかしめの話 奥成 逹との対談
 『幻の男たち』について 柄谷行人との対談
 ちょっと長い関係の話 本多俊之との対談


第五章 一九六五年のわたし 浅川マキ


 浅川マキ論
  浅川マキ/1970 西井一夫
  浅川マキとその周辺の世界 スティーヴ


第六章 神がブギ・マンだとしたら 長谷川博一


第七章 ロング・グッドバイ(関係者インタビュー)
 山木幸三郎
 九条今日子
 亀渕友香
 喜多条忠
 つのだひろ
 萩原信義
 山下洋輔
 渋谷 毅


 ディスコグラフィー
 年譜

ということで、いままで本人のエッセイを集めた本は2冊ほどありましたが、彼女の歌手人生と関わってきたひとたちがこれほど参加した資料集は、もうこれ以外に出しようがないでしょう。

浅川マキは文章も実はすごく雰囲気があって、僕は大好きなのですが、本人が1970年代初期に書いたエッセイもたっぷり収録されています。幻のデビュー曲だったド演歌『東京挽歌』についても触れられているし、五木寛之から柄谷行人まで、さまざまなひとたちとの対談も読ませます。浅川マキのオフィシャル・カメラマンというか、このひとにしか自分を撮らせなかったという田村仁さんの写真も、時代感がひしひし伝わってきて最高です。

なにもここで長ったらしく紹介しなくても、浅川マキファンはすごくたくさんいると思うので、とっくにこの本のことはご存じかと思うのですが、こうして彼女の歌い手としての生涯を振り返ってみると、「昭和の芸能界の中で、これほど純粋でストイックな生き方がどうして貫けたのだろうか」と、感嘆せずにいられません。彼女自身の揺るぎのない思いを、マネージングしてきた事務所と、まったく路線変更せずにレコードを出しつづけてきた東芝EMIが、損得勘定抜きで最後まで支え続けたということなのでしょう。そういう意味で、歌手としての彼女の一生は、すばらしく幸福なものだったのかもしれません。

エッセイを読んでもらえばわかるように、1942年に石川県の片田舎に生まれ、いちどは町役場に勤めながら歌への思いを捨てきれず、米軍キャンプやキャバレーを転々としながらクラブ歌手として苦労を重ね、20代後半になってから寺山修司に見いだされ、あの「浅川マキ」になった彼女。ほとんどの曲の詞を自分で書いている、優れた詩人でもありました。

CDの音質に最後まで懐疑的だったということで、最後に発表された作品は1998年の『闇の中に置き去りにして —BlackにGood Luck』です。多くのマキ・ファンは、フリー・ジャズに近づいていった後期の作品よりも、『夜が明けたら』や『かもめ』のような、初期のしっとりとした歌を好むのでしょうが、あらためて全作品を聴きかえしてみると、ドラムスやサックスやギターが暴れまくるサウンドの奔流にサーフィンのように、ポエトリー・リーディングかラップのフリースタイルのように、語りとも歌ともつかぬ言葉を乗せていくスリリングなスタイルには、ほかのだれにも真似のできないオリジナリティがあります。もしかしたら彼女こそ、これから日本語のヒップホップが向かう未来を照らす導師なのかもしれません。

音楽のレベルも、音質も完璧でなくては許さず、気に入らなければすでに発売されたレコードも廃盤にさせる。ポートレートもただひとりの写真家に、それもモノクロームでしか撮らせない。「孤高」という言葉がこれほどふさわしいアーティストはいなかったでしょう。そういう彼女の生きざまの、本書は最高のトリビュート本とも言えます。日本の、日本語の音楽に興味を持つすべてのひとに読んでいただきたい重要な一冊です。

ただ、ひと言だけ付け加えさせてもらえるなら、僕は編集者として、もう一冊の「浅川マキ」を読みたい思いも押さえられません。完璧に作りあげられた彼女の世界にかしずく一冊ではなく、墓をあばく一冊を。ほとんど語られることの亡かった彼女の私生活を探り、残された部屋の写真を撮り・・。もちろんそんなことは許されないでしょうが。

それはなにも偉大なアーティストを貶めたいのではなく、その生きざま、その素顔が、いま悩み迷う若い表現者たちに、なにより勇気を与えてくれると思うからです。アンダーグラウンドの伝説として、音楽史のひとコマに落ちつかせてしまうには、浅川マキはあまりに惜しく、あまりに現代的だから。