・・といっても、大竹伸朗くんのことじゃありません。先月のブログで直島の銭湯<アイラブ湯>開湯のようすをリポートしましたが、そのときに大竹くんから「実は文房具屋のオヤジで、すごいスクラップ・アーティストがいたんだよ!」と興奮気味に教えられ、さっそく取材に行ってしまいました。2ヶ月続けて直島を訪れるとは思いませんでしたが、しかし! お会いしてみれば、それは想像以上に強力なスクラッパーでした。ほんとはどこかの美術雑誌で紹介したいのですが、どこもページをくれそうにないので、このブログでサワリをご紹介します。
この11月で80歳になるという村尾智さんが店を開く文房具屋は、フェリーが発着する宮之浦にあります。直島の観光拠点であるベネッセのミュージアムや、家プロジェクトが集中する本村地区へは、宮之浦からバスで向かうのが一般的なので、アイラブ湯ができるまでは、宮之浦に留まろうという観光客は少数派でした。
町外れの農協をのぞけば、宮之浦唯一の文房具屋である村尾さんの店は、もともとお父さんが昭和15年に開いた老舗。昔の小学校の門前にあったみたいな、ノートも売れば雑貨もオモチャも、切手も印紙も宝くじも、タバコも塩も売っている、よろずやという感じです。
外から見れば、木造の古びた文房具屋。ガラス戸を引きあけて中に入っても、薄暗い文房具屋そのもので、おもてに面したタバコ売り場に、いつもちょこんと坐っているのが村尾さんです。もともと町役場に勤めていたのが、定年とともにお父さんから店を受け継いだのが平成元年。いまはふたりのお子さんもオトナになって島を出て、奥様も亡くなったので、ひとりぼっちで店を守っています。
若いころから手先が器用で、工作が好きだったという村尾さん。奥様の趣味が手毬(てまり)づくりで、店が終わったあと、奥様は楽しそうに手毬に針を通しているのを、「わたしのほうは、その横でテレビ見てるだけなのが詰まらなくなって」、スクラップが始まったそう。
スクラップというと、ふつうは自分が好きな絵柄を切り貼りするというのが定石ですが、村尾さんが反応したのは絵でなく、文字でした。「もったいない」「喜」など、そのときどきに気になった言葉があると、それを新聞や雑誌の中から何十、何百と探し出して、切り抜いて取っておく。あるていど集まったところで、灰皿やボール箱や、いろんなブツの表面に貼り込めていく。
そうやってできた作品は、フォントもサイズもさまざまな、しかしまったく同じ単語や文章が多層に折り重なって、それはもう無限にリピートするつぶやきであり、シュールレアリストの実験詩を思わせる文字の抽象絵画であり、言葉のブレイクビーツとでも呼ぶべき、呪術的なダイナミズムにあふれています。
たとえば「ちょっと前はよく拾えたんですけど、最近は”もったいない”というの、新聞にあまり出ませんなあ」と言う村尾さんの文字採集生活は、そのままメディアのトレンドをあらわすものでしょう。「探してる文字があるでしょ、そっちのほうが気になって、記事の中身のほうがおろそかになっちゃうんですわ」と笑うその読書方法は、きわめてアヴァンギャルド。自分で考えたり、テレビで耳にした「これはいいな」と思うフレーズを、さまざまな字体で文章に組んだ標語が店内のあちこちに貼ってある光景は、インスタレーションとしての詩空間にすら見えてきます。そのテイストにも、方法論にも、いささかのブレがないまま、ひとり孤独にハサミとノリを手に作業を続けるスクラッパー。
村尾さんの作品が、ベネッセ・ミュージアムに収蔵される日はおそらく来ないでしょうし、文房具屋を継ぐひともいないそうなので、村尾さんが店を閉じる日が、彼のスクラップ作品を見られる最後の日になるののでしょう。
これから直島に行く計画のある方は、ぜひアイラブ湯の湯上がりにでも、足をのばしてみてください!
「もったいない」屏風。一時は簡単に集まったそうだが、最近は新聞にも見つけにくいとのこと。そのとおりですねえ。「ロハス」屏風とかも、作ってほしい!
屏風のディテール。角の処理も見事だ。
最初はふつうの箱にしようとしていたのが、大きなサイズの「もったいない」が見つかってしまったため、制作途中で台形に変形させた作品。
余白を埋め尽くすべく、さまざまなサイズの「もったいない」を集めて貼り込んでいる。
これも廃物利用の灰皿。裏面にまでびっしり貼り込められた「喜」を見よ!
活字の「喜」によるレイヤーの、さらに上に、手書きで書かれたフレーズが。
極小の「喜」が、無数に貼り込められた表面のようす。
灰皿のフタに貼りつけられた詩・・「喜べば 喜びが 喜んで 喜びあつめて 喜んでくる」。
村尾さんがいつもカウンターに置いている、自分用のタバコ入れ。もとは佐久間ドロップの缶だったのか?
切手のカタログから、ヌード名画シリーズを選んで、缶の全面に貼り込められている。
なぜに「気分転換」かといえば、缶の中には何種類かのタバコが混ぜて入れてあり、穴から出てくるのが強いのか軽いのか、ふつうなのかメンソールなのかわからないから、いつものとはちがうのを吸える、というわけだ。脇の小さなフレーズ(ニコチンによる興奮と鎮静」「アルツハイマー病の予防効果」など)にも注目。
ボール紙でできた釣り銭皿。たばこ、たばこ、たばこ、たばこ・・・。
お勘定は電卓とかじゃなくて、とうぜんソロバン。しかし玉のあいだを覗いてみると・・・エロティックなヌード絵画が見え隠れ!
お手製メモ帳の裏にも、渋いフレーズが・・・「老年の仕事の一つは 孤独に耐えること」。下に貼ってある石は、バラスト用の重しです。
村尾さんの定位置、タバコ販売カウンター上部に、泣けるフレーズ・コーナー発見! 「お金持ちは、お札の向きがそろっている」。「傷はぜったい消毒するな」。「泣いて生まれて 笑って死のう」・・・。こういうの、毎日見ながら店番してるわけです。
お気に入りの標語を集めた、「教訓ボード」。「貸すな 借りるな 判つくな」とか、「良いことはおかげさま!! わるいことは身から出たサビ!!」とか、携帯の待ち受け画面にしておきたい、珠玉のお言葉集。
台所の流しの上に飾ってあった、好物(?)のご飯スクラップ
村尾さんはフクロウが大好き。家の中にはいろんなフクロウの置物が飾ってあるが、これは切り抜きを貼り込んだ「フクロウ・タワー」。
タワーのオモテ面、枝にとまったフクロウを載せた上部のディテール
この11月で80歳になるという村尾智さんが店を開く文房具屋は、フェリーが発着する宮之浦にあります。直島の観光拠点であるベネッセのミュージアムや、家プロジェクトが集中する本村地区へは、宮之浦からバスで向かうのが一般的なので、アイラブ湯ができるまでは、宮之浦に留まろうという観光客は少数派でした。
町外れの農協をのぞけば、宮之浦唯一の文房具屋である村尾さんの店は、もともとお父さんが昭和15年に開いた老舗。昔の小学校の門前にあったみたいな、ノートも売れば雑貨もオモチャも、切手も印紙も宝くじも、タバコも塩も売っている、よろずやという感じです。
外から見れば、木造の古びた文房具屋。ガラス戸を引きあけて中に入っても、薄暗い文房具屋そのもので、おもてに面したタバコ売り場に、いつもちょこんと坐っているのが村尾さんです。もともと町役場に勤めていたのが、定年とともにお父さんから店を受け継いだのが平成元年。いまはふたりのお子さんもオトナになって島を出て、奥様も亡くなったので、ひとりぼっちで店を守っています。
若いころから手先が器用で、工作が好きだったという村尾さん。奥様の趣味が手毬(てまり)づくりで、店が終わったあと、奥様は楽しそうに手毬に針を通しているのを、「わたしのほうは、その横でテレビ見てるだけなのが詰まらなくなって」、スクラップが始まったそう。
スクラップというと、ふつうは自分が好きな絵柄を切り貼りするというのが定石ですが、村尾さんが反応したのは絵でなく、文字でした。「もったいない」「喜」など、そのときどきに気になった言葉があると、それを新聞や雑誌の中から何十、何百と探し出して、切り抜いて取っておく。あるていど集まったところで、灰皿やボール箱や、いろんなブツの表面に貼り込めていく。
そうやってできた作品は、フォントもサイズもさまざまな、しかしまったく同じ単語や文章が多層に折り重なって、それはもう無限にリピートするつぶやきであり、シュールレアリストの実験詩を思わせる文字の抽象絵画であり、言葉のブレイクビーツとでも呼ぶべき、呪術的なダイナミズムにあふれています。
たとえば「ちょっと前はよく拾えたんですけど、最近は”もったいない”というの、新聞にあまり出ませんなあ」と言う村尾さんの文字採集生活は、そのままメディアのトレンドをあらわすものでしょう。「探してる文字があるでしょ、そっちのほうが気になって、記事の中身のほうがおろそかになっちゃうんですわ」と笑うその読書方法は、きわめてアヴァンギャルド。自分で考えたり、テレビで耳にした「これはいいな」と思うフレーズを、さまざまな字体で文章に組んだ標語が店内のあちこちに貼ってある光景は、インスタレーションとしての詩空間にすら見えてきます。そのテイストにも、方法論にも、いささかのブレがないまま、ひとり孤独にハサミとノリを手に作業を続けるスクラッパー。
村尾さんの作品が、ベネッセ・ミュージアムに収蔵される日はおそらく来ないでしょうし、文房具屋を継ぐひともいないそうなので、村尾さんが店を閉じる日が、彼のスクラップ作品を見られる最後の日になるののでしょう。
これから直島に行く計画のある方は、ぜひアイラブ湯の湯上がりにでも、足をのばしてみてください!
<村尾智・コラージュ作品館>
「もったいない」屏風。一時は簡単に集まったそうだが、最近は新聞にも見つけにくいとのこと。そのとおりですねえ。「ロハス」屏風とかも、作ってほしい!
屏風のディテール。角の処理も見事だ。
最初はふつうの箱にしようとしていたのが、大きなサイズの「もったいない」が見つかってしまったため、制作途中で台形に変形させた作品。
余白を埋め尽くすべく、さまざまなサイズの「もったいない」を集めて貼り込んでいる。
これも廃物利用の灰皿。裏面にまでびっしり貼り込められた「喜」を見よ!
活字の「喜」によるレイヤーの、さらに上に、手書きで書かれたフレーズが。
極小の「喜」が、無数に貼り込められた表面のようす。
灰皿のフタに貼りつけられた詩・・「喜べば 喜びが 喜んで 喜びあつめて 喜んでくる」。
村尾さんがいつもカウンターに置いている、自分用のタバコ入れ。もとは佐久間ドロップの缶だったのか?
切手のカタログから、ヌード名画シリーズを選んで、缶の全面に貼り込められている。
なぜに「気分転換」かといえば、缶の中には何種類かのタバコが混ぜて入れてあり、穴から出てくるのが強いのか軽いのか、ふつうなのかメンソールなのかわからないから、いつものとはちがうのを吸える、というわけだ。脇の小さなフレーズ(ニコチンによる興奮と鎮静」「アルツハイマー病の予防効果」など)にも注目。
ボール紙でできた釣り銭皿。たばこ、たばこ、たばこ、たばこ・・・。
お勘定は電卓とかじゃなくて、とうぜんソロバン。しかし玉のあいだを覗いてみると・・・エロティックなヌード絵画が見え隠れ!
お手製メモ帳の裏にも、渋いフレーズが・・・「老年の仕事の一つは 孤独に耐えること」。下に貼ってある石は、バラスト用の重しです。
村尾さんの定位置、タバコ販売カウンター上部に、泣けるフレーズ・コーナー発見! 「お金持ちは、お札の向きがそろっている」。「傷はぜったい消毒するな」。「泣いて生まれて 笑って死のう」・・・。こういうの、毎日見ながら店番してるわけです。
お気に入りの標語を集めた、「教訓ボード」。「貸すな 借りるな 判つくな」とか、「良いことはおかげさま!! わるいことは身から出たサビ!!」とか、携帯の待ち受け画面にしておきたい、珠玉のお言葉集。
台所の流しの上に飾ってあった、好物(?)のご飯スクラップ
村尾さんはフクロウが大好き。家の中にはいろんなフクロウの置物が飾ってあるが、これは切り抜きを貼り込んだ「フクロウ・タワー」。
タワーのオモテ面、枝にとまったフクロウを載せた上部のディテール