演歌の取材をするようになってわかったことのひとつ、それは演歌業界、カラオケ業界においては、いまだにカセットテープが重要な位置を占めているという事実だった。演歌専門のレコード店に行けば、いまでもCDと並んでカセットのミュージック・テープが売られているし、店頭には録音用の空テープが山積みされている。いまやCDすらあまり買わなくなって、ダウンロードやiPodばかりに頼っている自分には、新鮮な発見だった。
レコード店主によれば、カラオケの練習をするのに、「1小節巻き戻す」といった細かい操作にCDプレイヤーを使うのはとても無理で、特に年配のお客さんにはカセットが好まれているのだという。たしかにそのとおりで、操作性のインターフェイスという観点からすれば、現在のCDプレイヤーやMP3プレイヤーよりも、アナログなカセットのほうが、はるかに優れている。
カセットを聴くのに必要なのが、ラジカセである。1960年代末に日本で生まれた偉大な発明であるラジカセ。ラジオが聴けて、カセットがかけられて、録音もできて、AC電源でも乾電池でも駆動するラジカセは、音楽が室内に縛りつけられることから一歩先に進んだ、画期的な技術だった。1980年代のアメリカにおいて、創生期のヒップホップ・シーンを支える存在として「ブームボックス」、「ゲットー・ブラスター」などと呼ばれ愛されたのを、覚えている方もいらっしゃるだろう。
足立区花畑の団地に工房を置く<デザイン・アンダーグラウンド>は、いにしえのラジカセの美に魅せられた、ひとりのインテリア・デザイナーが職を辞し、40代からの後半生を賭けて開いた、希有な「ラジカセ再生ファクトリー」である。
もうすぐ先は埼玉県という足立区北部の花畑から保木間にかけて並ぶ、築数十年の古びた団地群。花畑という地名があまりに不似合いな、その一角の1階が商店街になっている棟にデザイン・アンダーグラウンドがある。
平日の昼間なのに、ほとんどが営業していない雰囲気のミニ商店街のなか、1軒だけ目立つ乳白色のガラスドアを開けると、いきなりそこはラジカセやポータブルテレビや、部品類が山と積まれたカオス空間。棚で見通せない奥のほうに声をかけると、出てきてくれたのがみずから「工場長」と名乗るデザイン・アンダーグラウンドの主、松崎順一さんだった。
1960年生まれ、最近は『ラジカセのデザイン!』という、ご本人のコレクションを披露しつつラジカセへの熱い思いをぶちまけた写真集も出した松崎さん。「生涯一電気少年」とも呼びたい、その純粋な情熱あふれるトークを、2週にわたってたっぷりお届けする。
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