山口県の小野田という小さな町に、田上允克(たがみ・まさかつ)さんという画家がいます。農家のような古びた一軒家に、かわいらしい奥さんとふたりで住み、畑で野菜を育てながら、驚異的な量の作品を作りつづける毎日。できあがった作品は納屋に無造作に積まれ、ほこりをかぶってぐちゃぐちゃになっていますが、片づける時間があったら、そのぶん制作をしていたい、と本人はあまり気に留めていません。
田上さんを僕に紹介してくれた、新宿御苑脇にラミュゼという素晴らしいギャラリーを持つ潮田敦子さんによれば、田上さんとはこんな人物です:
(田上さんは)山口の大学で哲学を学んだ後、30歳まで自分は何にも興味がなく、映画を観ても意見というものが一切ない人間だった、と振り返ります。業をにやした父親に追い出されるように東京に出てきて新聞配達をしていたある日、近所のアトリエ「鷹美」をのぞきます。田上さんはそこで、「これだ」と打ち震えます。すぐに父親に電話をして、やりたいことがやっとみつかったが、どうやらお金にならないので、一生、生活の面倒をみてくださいと頼みます。いぶかる父親が「俺が死んだら?」と聞くと、「自分も死ぬ」と田上さんは答えます。父親は、ただならぬものを感じたらしく承諾してくれたそうです。
その日から30年間、睡眠時間4時間で1日平均3枚から7枚の絵を描いてきました。エゴとの葛藤やスランプとも無縁で、ひたすら「時間が惜しい」と描き続けます。まるで目から魂、魂から手へと、一気に電流が流れているようです。しかも30年間停電することなく。スタイルは一つに固執せず、1日の中でも、抽象だったり漫画風だったりと1枚ごとに変わります。
田上さんは描くのに忙しいため、展覧会を開いても会場に赴くことがありません。作品はほとんど売ったことがないので、小野田の実家の納屋にはアリババの洞窟のように3万点にのぼる膨大な作品が積み上げられています。
ギャラリー公式サイト http://www.jpin.co.jp/saoh/