2010年9月29日水曜日

東京右半分:下町を歌うヒップホップ・ジェネレーション

2010年8月11日、1枚のCDがリリースされた。『錦』というタイトルの、そのCDはイントロを含め19のラッパー/ヒップホップ・アーティストによる、19のトラックが収録されたコンピレーションである。F.I.V.E. RECORDSという、これが最初のCDだという新しいインディース・レーベルからのリリース。そして19人のだれも、テレビやFM放送でヘヴィ・ローテーションされるような有名アーティストではないこと。『錦』の存在をまだ知らないひとも少なくないだろう。


『錦』をプロデュースしたのは2ヶ月ほど前、この連載で紹介した上野アメ横のCDショップ<キャッスルレコード>の店長として毎日店に立ちつつ、「G.O」の名でヒップホップ・アーティストとして長く活動してきた岩崎剛さん。ジャパニーズ・ヒップホップの中心地である渋谷を拠点とする「ICE DYNASTY」のクルーとしてパフォーマンスを続けながら、みずからの出身である東京下町を強く意識した曲作り、イベント開催などを重ねてきた。若い音楽好きにとってレコード/CD真空地帯だった上野でのショップ・オープンを、東京下町ミュージック・シーンをブーストするための第1段階だとすれば、『錦』から始まるCDリリースは、その第2段階といえる。

東京右半分の新しいスポットや人物を取り上げてきたこの連載で、1枚のCDをこうして紹介するのは異例かもしれない。『錦』をみなさんに知ってもらいたかったのは、このCDに収められた19人がすべて下町=東京右半分で活動しているアーティストであり、19のトラックがすべて自分たちが住み暮らす下町をテーマに歌っているから。言い換えればこれは19人のラッパーたちによる、ヒップホップという形式を取った19の物語であり、東京下町短編集なのだ。渋谷、大阪、仙台、札幌など、さまざまな地域で活動するアーティストを集めたコンピレーションCDは珍しくないが、曲のテーマまでその地域に絞ったCDというのは、いままで見たことがない。もしかしたら日本のヒップホップ史上、初めてのプロジェクトではないだろうか。

たとえば元プロボクサーという異色の経歴を持つ「はなび」というラッパーがいる。2004年から活動を続けている彼が、70年代の世界的ヒット曲『ベイビー・カム・バック』(Player)をサンプリングしたバックトラックに乗せてラップする『花火』は、こんなリリックだ——

いつかの少年 地元では噂の狂犬
ALL DAY アルコールでブチあがっては
暴言吐いて 公然ワイセツ
当然 痛い目にあったって余裕で
「OK、もっと楽しい遊びしようぜ。」
正面しか見てない両目、あのままなら向かってたアブネー方向へ
高校をやめ追っかけたちっぽけな可能性、今思うとホントバカな挑戦
ボンクラからボクサー、路上からリング上へ
当たる照明、ただただ呆然
頭の中真っ白だった緊張で一生忘れねーヤツラの応援
意識が戻って、突き上げた両手
余裕で行ける気がしてた頂上へ!
そばに居る仲間信じ 前だけ見てガムシャラに突っ走ってく
先なんてわかんねー人生
はなびのようにパッと咲いて散ってく
ココに居る仲間信じ、酒飲んで
笑って生きて死んでく
先なんてわかんねー人生
はなびのようにパッと咲いて散ってく
いつかの少年 1RKOですっかり有頂天、毎晩飲んで
すぐ逃げた減量であの時は
もう過去の栄光へ
何もないドン底で
聞えたのはやっぱり仲間の声
立ち上がりまた新たな挑戦
ハンパ者がマイク持ちステージ上へ
そこには信じられない様な光景
せまい世界抜け出したらNo name
とにかく遠吠えするだけのショーケース
学歴なんてムダだって証明
「発言に注意」ってムリ これが本音
やっと見つけた自分なりの表現
胸には、つねにある感謝と尊敬
やめる訳には行かねんだ、ココで
また当たる照明、もう迷う事ねー
いつかの少年も今では地元に貢献
ムダじゃなかったあの日の公園
キョウダイや後輩、アニキとの競演
本気で聞いてくれるオーディエンスとの共鳴
もう、色んなモン卒業して、とことん
一緒に飲もうぜ、それぞれのホームで
そのまま大勢巻き込んで
くつがえしてく根底
自分で決めたゴールへ

自分が生きる街のことを、自分の言葉で、HIPHOP、YO! みたいな英語は極力使わないで表現してくれ、と岩崎さんはそれぞれのアーティストに要請したという。はなびにかぎらず、だから『錦』に集められたラップは、どれも生まれ育った下町への愛情と、仲間へのリスペクトと、好きな音楽で生きていくことのタフネスとが歌い込まれ、切実にリアルだ。

http://www.chikumashobo.co.jp/blog/new_chikuma_tuzuki/