2009年7月22日水曜日

追悼:岐阜のエロ本小屋主


先週は安田老人の追悼記事を書きましたが、まさかこんな・・・と絶句する衝撃ニュースが飛び込んできました。
『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』と題した本を去年、晶文社から出したのですが、その巻末に紹介したのが、岐阜山中に隠れた通称「エロ本小屋」。山奥の小屋にエロ写真の切り抜きが数万枚も堆積する、超絶の欲情空間でした。
エロ本小屋への道案内をしてくれたのは、中部エリアの廃墟を定点観測するアマチュア・フィールドワーカーたちでしたが、彼らのひとりから先日来たメールによると、エロ本小屋の主がこのほど、亡くなってしまいました。
もともと、件のエロ本小屋は地元でもある程度、知られた存在で、所轄警察署が不法投棄で立件するという話も持ち上がっていました。そこで観測者たちが見回りを強化していたところ、6月あたりから小屋主が、エロ本小屋の隣に停めた車の中で生活するようになったそうです。もともとは、たしか家庭もあったと思うのですが。
そして7月のはじめ、チェックに行ったひとりが、車から身を投げ出した状態で冷たくなっていた小屋主を発見しました。いったいこの数ヶ月のあいだ、彼になにが起こったのでしょうか。
また、詳しい事情がわかれば、このブログでもお伝えしますが、いまはただ、この孤独な表現者の冥福を祈るばかりです。

参考のため、以下に『だれも買わない本は・・』のエロ本小屋紹介記事、全文を転載しておきます。機会があれば、本もご覧ください。


枯れ葉のかわりに情欲が堆積する、岐阜山中のエロ本小屋

 岐阜県美濃地方、車で行くと中央自動車道土岐インターで降りて30分足らず。山奥というよりサバービアな雰囲気が濃厚な、とある温泉場の奥に、その小屋があった。
 舗装路から枯れ葉で覆われた山道に乗り入れてすぐ、太い樹木が横倒しに道を塞いでいる。雨風で倒れたのではない、明らかにだれかが明確なメッセージを込めて、切り倒したものだーーこの先、入ルベカラズと。
 倒木のある地点で車を捨て、山道を登ること数分、深い樹林に隠れるように、ぼろぼろの小屋が、かろうじて建っていた。手前の路上にはおびただしい数の真新しい紙切れが散らばって、真っ白い水溜まりのように見える。恐る恐る近寄ってみると、それは無惨に切り刻まれたエロ・グラビア写真の堆積物だった。
 「これ、昨日の雨に打たれてないということは、昨夜から今朝にかけて、来てるはずです!」と、ガイド役をかってくれた地元の廃墟ハンターが興奮気味に語る。その口調は希少動物を追いかけるフィールド・サイエンティストそのものだ。
 快適な森林浴にこそふさわしい豊かな緑の中に、あまりにも場違いな肉色のグラビア女体たち。切り刻まれた画像の端々から、こちらを見つめる目、目、目。いたたまれなくなって小屋の中に足を踏み入れると、そこは畳を剥がした床まるごとがエロ・スクラップで覆いつくされた、怪奇きわまるインスタレーション空間だった。
 エロ漫画、エロ実話誌や投稿誌のグラビア・ページ、スポーツ新聞の広告に、ウェブページのプリントアウト・・・。切り抜かれたイメージも日本人アイドルから金髪外人、文字情報まで多種多様、百花繚乱。いったいどこのだれが、こんな場所で、こんなに濃密なスクラップ宇宙を作りつづけているのか。
 中部地方を主な活躍のフィールド(狩り場?)にしている3つの廃墟調査グループ、『東海秘密倶楽部』、『TEAM酷道』、『アドレスV100』らの熱心なハンターによって、この”エロ本小屋”(と仮に名づけておく)はもう1年以上、定期的にウォッチされてきた。彼らのリサーチによれば、小屋の主(というかスクラップ・アーティスト)は岐阜県在住らしい中年男性で、週にいちどかそこらの比較的ハイペースでやってくる。自動車に素材となるエロ本を山積みし、夜ともなれば頭部に登山用のライトを装着し、もちろんたったひとりで、ときには一晩中、無言のまま切り抜き作業を続けているそうだ。
 毎回かなり長時間をこの場所で過ごすらしく、周囲には切り抜きやエロビデオのパッケージとともに、ペットボトルや弁当容器など多量の生活ゴミが、無造作に捨てられていた。
 アートとは言わないまでも、自分の作品としてエロ・スクラップを作りつづけている人は少なくない。ただ、そういう人たちにはかならず自分なりの好みの世界観があって、だからこそ彼らのスクラップブックは、イメージのコレクションとして成立するわけだ。
 ここには、そういうスジの通った道理は、ひとつもない。”女体”という言葉でしかくくれない、あまりに広範なエリアのイメージが、これっぽっちの愛情も込められずにただ、ただ切り抜かれ、山中に放り出され、積み重なっている。
 これはもはや、コレクションですらない。ゾウの墓場のごとき、紙片に貼りついた情欲の墓場だ。制御不可能なまでに膨張した情欲の。
 発散というアウトプットのすべを持たないまま、性的な妄想のイメージを過剰に摂取することが、世界のどこよりもたやすいこの国の片隅で、今夜も森の中で、なにかに憑かれたように、なにかに復讐するかのように、ハサミをふるう人間がいる。
 これほどの情欲のオーヴァードーズは、いったいどんな悲劇的結末を彼にもたらすのだろうか。